第8話 第2章第2節1項:賢治が歩んだグリーフワーク ―妹トシの死―
本節では、第一に賢治が妹トシの死を受容していった過程を対象喪失の観点から考察する。はじめに、語句の定義から行っていく。まず、本論文で使用する対象喪失という概念について、小此木啓吾『対象喪失 悲しむということ』1986年第7版(20) より、以下のように定義する。
対象喪失(object loss)とは、次のような体験を言う。
① 近親者の死や失恋をはじめとする、愛情・依存の対象の死や別離。
② 住み慣れた環境や地位、役割、故郷などからの別れ
③ 自分の誇りや理想、所有物の意味を持つような対象の喪失
今回の場合では、「①近親者の死や失恋をはじめとする、愛情・依存の対象の死や別離」をさすこととし、具体的には、賢治が妹トシの死に直面する体験となる。続けて、対象喪失を体験した人の心理状態について同書からまとめていく。 (21)
(ア) 衝撃と不安
決定的な衝撃としての情緒危機である。急性の不安感情やパニックに代表され、対象を失った自分自身の心細さや頼りなさに関わるものであるとされる。
(イ) 対象への思慕と執着
「悲哀の心理の本質は、すでにその対象と再会できない現実が成立してしまっているのに、対象に対する思慕の情が依然としてつづくことにある」(p.59)失った対象像を心の中に再生しようとするはたらきである回想作用が例示される。
(ウ) 再生と理想化の心理
「失った対象を取り戻し、心の中に生かしつづけようとする願望は、しばしば対象喪失の否認と不死の幻想を生み出す」(p.62)
「しかしときによると失った対象は、直接感覚的に接触できた当時よりも美化され理想化されたイメージになって生き続ける」(p.63)
(エ) 失った対象への同一化
再生と理想化の過程で、「死んだ人物に完全になりかわってしまうことで悲哀の苦痛も思慕の情も、克服してしまう」(p.67)ことである。
以上の4点が大まかな対象喪失を体験した人が陥る心理状態である。
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(20)初版出版年を記す
(21)小此木 1986 pp.54‐72を筆者要約
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