まほうの家

夢を見ていた

第1話


児童文学





 じりりりり!

 じりりりりん!


 朝ですよ、起きなさい

 いつまでも夢の中ではいけませんよ


 そう云いたげに、ベルが鳴いた。



「ああん、もう少しだけ」

 わたしはそう、ねむたげに答えた。


 すると、目覚ましベルがまたジリジリ云い出した。


 そんなことだから。いつも、いつもママに怒られるのですよ。

――仕方がないですね。今日ばかりは厳しくしないと。


 さあ、最後のチャンスです。

 起きなさい、学校へ行かなくては。


 そう云われた気がしたけれど、わたしはそんなことも忘れちゃって、また夢のなかへと逆戻り。

「もう、もうちょっとで、いいんだってば……」


 


ああ、もう。

 

 だれかが、ため息を吐いてそう、つぶやいた。






――あ。



「ひゃあ!遅刻しちゃうよ!」

 わたしは急いでふわふわベッドから飛び起き、クローゼットを勢いよく開いた。

 なかにあるはずの、わたしの制服が、なかった。


「ない。どうして?」

 わたしのお気に入りだったあの白いセーラー服。首をつっこんで探しても、だめ。見つからない。

 思わず泣きそうになる。


「どうして?」

 ともかく制服はあと回し。まずはぼさぼさの頭と朝ごはんをなんとかしないと。

 今日はたしか……あれ、なんだっけ?なにか在ったはずなのに。


 わたしは扉を開き、階段へと駆けた。

 そのとき、なにかのまほうが開始の合図をするかのように、リン、と鈴の音をさせた。



 やはり、それはまほうの合図だった。

 階段に足がつくと、待っていたかのように、段がぷよっとふくらんで。クッションやベッドのようにふかふか、ぷっくりした。

 急にふくらむから、わたしの体はバランスをくずして、ぷかぷかの階段にしりもちをついた。

すると

「♪ドー」

 と楽しそうな音が鳴り、おしりの下にあるクッションが、ほかの段よりも大きくなって、次の階段へとわたしを動かした。


「♪レー」

 とまた、楽しげな音がして。わたしは少しブルーなきもちが、楽しいきもちになった。


 そしてまた、ふくらんで次の段へといく。

「♪ミー」

「♪ファー」

「♪ソー」

「♪ラー」


「うふふ、ドレミの音だわ」

 わたしはもう、すっかり嬉しく、楽しくなっていて、大きなくちを開けて〝ドレミのうた〟を歌った。

 階段たちも一緒になって歌ってくれた。





――あ!



 一階についてやっと気づいた。

 そうだ、わたしは学校に行かないと。



「ママ?」

 わたしはそっとリビングへ入った。いつもいるはずのママはいなかった。

 ただ、テーブルの上に、わたしの朝ごはんがおいてあって、わたしは席についた。

 スプーンをにぎって、メロンを食べると、サンドウィッチに手をのばす。

 はじめてのたった一人での、朝ごはん。

 すっごく、悲しい。さっきまでの楽しさが、悲しみにぬり替えられる。


「ママ……わたし、忘れ屋さんだから、怒っちゃったのかな」

 口にだしても、ママは出てこないし、返事もしてくれなかった。


 ママの代わりに、違うものが答えてくれた。




「♪ささ、ささ。キミはどうしてそんな顔、してるのかい?」

「え?」

「♪ぼ、ぼ、ぼくを見てごらん。たくさんのものを詰めこんで、美味しく、おいしくなっているだろう?まずは、トマトにハム。そして卵にマヨネーズ。さあさ、召し上がってごらん?きっと元気になるぞ」


 びっくりして、手にしているサンドウィッチを落としてしまった。

 すると、そのサンドウィッチはまるで生き物のように、飛び回り、わたしの前でぐるぐる回った。パクパク口を開いて歌をうたったの。すごく、楽しそうに。


 わたしは云われたとおりに、そのサンドウィッチを手にして、口へと運ぶ。


「あ……、美味しい!」

 わたしの好きな味が口のなかで広がって、すごく美味しさを感じた。幸せを感じた。


「♪お、お、おいらだって食べてごらんよ。ベーコンとキャベツがいい味出してるんだ」


 お皿の上にあったサンドウィッチが、また飛び回り、わたしに話しかけた。

 ほかのサンドウィッチたちも、それらと一緒に飛ぶ。


「うん!わたし、いっぱい食べるね!」

 そう云ってにこにこ笑い、もぐもぐ食べはじめた。



――あ……


「そうだわ。わたし、学校にいかなくちゃ」

 わたしはごちそうさま、を云って立ち上がる。お皿を流し場へ持っていき、壁にある鏡をのぞきこむ。

 ぼさぼさの髪をいじり、クシでとく。


 髪を少しつまみ、ゴムでくくる。

 なかなかうまくいかなくって、何度もやりなおす。


 いつもは、ママがしてくれたから。

 今日のわたしは、はじめてばかりだわ。


 なんて、思って少し笑う。

 鏡のなかのわたしも、笑ってくれた。


「♪もう少し、うまくしないと、おともだちが、笑っちゃうわ」

「え?」

「♪よくよく、みてみて。あなたのお顔、すっごく可笑しいわ」

「そ、そうかな?」

「♪わたしが、お手本してあげる。同じように、同じように、まねしてちょうだい」



 鏡のなかのわたしは、きれいに髪をむすんでいた。

 すごくうらやましくて、わたしも必死にがんばる。


 すると、鏡の下の電話がうるさく鳴った。



 トゥルルルルル……

 トゥルルルルル……




「はい」

 わたしはできたての髪がたを見て、笑いながら返事した。

「♪プルプ、ル。プルプ、ル。あなたの大事なたからもの。プルプル、わたし知ってる。探さなきゃいけないもの、あなたにあるはず。」

「え?」

「♪まずは、学校のお用意、しなくっちゃ。その次はお洋服。お洋服の前に、お用意すること、プルプル、四つ。


ひとつ、食いしんぼうのカバさん。なんでも大きい口でペロリ、食べちゃうの。

ふたつ、ゾウがおなかに入っているところに。

みっつ、頭がとんがった、怒りんぼ。でも反対がわは、照れやさん。恥ずかしくって、お顔を出さない。

最後によっつ、口からお水をだして、わたしたちのお口へ渡してくれる、良い子ちゃん。

さあ、お探しなさい」



 プチッ!


 ツーツーツーツー……



「これはなぞなぞだわ。わたし、またなにか忘れているわ」

 わたしは鏡からはなれ、ぐるっと部屋を見た。

 でも。カバさんも、ゾウさんも見つからない。お水をだしてくれるお口も、照れやさんと怒りんぼうさんも、全然いない。


「ねえ、みんな。一緒に考えてほしいの。わたし、探しものがあるらしいの!」

 わたしが云うと、ぴくぴく、とみんなが動きはじめた。


 キーホルダーや、牛乳パック。消しゴム、コップなどが、わたしへ近づいてきた。

「♪なぞなぞ、ひとつめ云ってごらん」  

 キーホルダーの人形はそう、聞いた。

「ひとつめ、食いしんぼうのカバさんは、なんでも大きい口でペロリ、食べちゃうの。ですって。でもカバさんが見つからないの」

 わたしが答えると、キーホルダーはちゃらちゃら笑いながら、わたしに云った。

「♪おいおい、キミはなにを思ったんだ?これは、これはなぞなぞなんだよ?頭をやわらかく考えるんだ」

「どういうこと?」

「♪口の大きい、食いしんぼうのカバさんは、なんでもなんでも食べちゃうぞ。たとえば、ノートや本、なんでも、なんでも。」

 歌うように云うキーホルダーに、わたしははっと気づいて、笑いかける。



「そうだわ、わかった!答えはカバンね!たくさんの物を食べちゃうし、カバさんの名前も在るし、これ以外には考えれないわね!」

「♪そうだ、そうだよ。さあ、ぼくをキミのカバンへ連れてっておくれ」

 

わたしはキーホルダーを手に、テーブルの後ろにかくれている本棚へ近づく。そこには昨日、ママがおいていてくれた可愛いカバンがあった。

「ママがくれたのよ。可愛いでしょう?」

「♪そうだね、でも、ぼくだって可愛いさ」

「うふふ、そうね」

 わたしはカバンにキーホルダーをつけ、忘れてしまわないように、目のつくテーブルのわたしの席に、カバンおいた。



「次はなんだったかしら」

「♪ゾウがおなかに入っているところに、じゃあなかったかな。わたしにはそう聞こえたけれど」

「ああ、そうだわ。ありがとう、牛乳パックさん」

 牛乳パックは体を開き、照れたようにくねくね動いた。


「うふ。ねえ、答えはなんだと思う?」

「♪答えはね……さあ、おいで」

 牛乳パックについていくと、目の前には冷蔵庫が。


「どういうこと?」

「♪ゾウがおなかに入ってる。冷蔵庫をかんたんに書いてみよう。れいぞうこ。れいゾウこ。これってゾウがおなかに入ってる、そういうことだろう?」

「まあ!すごいわ、すごい!」

 わたしは、拍手して冷蔵庫を開けた。

 なかには、ちいさなお弁当箱が。


「ああ!ママが作ってくれたんだわ!うれしい。さっそくこれをカバンの中へいれなくちゃ」





「次はなにかしら。」

「♪頭がとんがった、怒りんぼ。でも反対がわは、照れやさん。恥ずかしくって、お顔を出さない。」

「あら、どうしましょう。お顔が二つあるのかしら」

「♪ちがう、違う。よく考えてみな」

 消しゴムはそう云った。


「♪とんがった頭、反対がわは頭をださない。つまりはとんがってないこと。おれと仲良しなあいつだ。ほらほら、だんだんわかってきた」

 わたしは少し考えて、思いついた。


「わかったわ!正解はえんぴつね!とんがった頭。あなたと仲良し。さあさ、あなたもえんぴつさんもふで箱のなかへと入って」




「どうしましょう。最後のなぞなぞが、わからないわ」

「♪おいおい、どうした。お嬢ちゃん」

 コップはわたしの前でくるくると踊った。

「口からお水をだして、わたしたちのお口へ渡してくれる、良い子ちゃん。みんな良い子ちゃんなのに、わからないわ」

 コップはぷかぷか揺れて、考えていた。


「さあ、どうだろう。わからないな」

「どうしましょう。学校にいけないわ……」

「そうだな……」

 わたしは思わず悲しくなって、つらくなった。

「ああ、そんな顔をするな。わたしたちのお口へ渡してくれる、ってところはおれと同じだが、水がでないからなぁ」

「あ!」


 わたしはひらめいた。

「そうよ、そうだわ。コップさんじゃなくて、水筒さんだわ!」

「♪ああ、そうか!」

 わたしは急いで水筒を引き出しから取り出し、カバンへ詰めた。


「これで用意できたわ!うふ、これで学校へいけるわ」

 すると、みんながそれに対して云った。


「♪ちがう、ちがう。まだそろっていない。ほら、お洋服!」

 わたしはすっかり忘れていて、すこしおどろいた。

「そうだったわね、どうしましょう。どこにあるの、わたしの制服……」



 ふわっ

 と風がカーテンをゆらした。カーテンに目を向けると、ひらひら、ひらひら……

「あれ?」

 カーテンの後ろになにかがかくれていた。

「なにかしら?」

 わたしはカーテンへと近づき、首をかしげた。

「♪そこだ、そこだ!さあ、開けてごらん!」

 みんながそう云うので、わたしはゆっくりカーテンを開けた。


 さらっ


 その後ろには、わたしの制服がハンガーにかけてあった。

「あったわ、わたしの制服!もう、どこへ行っていたの」

 すると、制服はゆらと揺れて、云った。


「♪ママが、お用意できたらここにいることを、教えてあげなさい。そう云われたのさ」

 スカートがパタパタ音をたてる。

「♪わたしたちを着て、いきましょう。わたしはもう、外へ行きたくてうずうず。早くいきましょう」

「ええ!」


 わたしはパジャマから制服にきがえ、カバンをもち、玄関へとむかった。


 玄関においてあったクツは待ちきれない、とばかりに先へと行こうと、とびらへぶつかっていた。


「ああ、待って!わたし、もう学校へいけるわ」

「♪遅いよ!なにをしていたんだい?まったく目覚ましベルはなにをしているのだろうか。ネクタイは先にいったぞ」

「ええ!そんな……」

「♪い、い、いまなら、まにあうぞ」

 わたしは急いでクツをはき、とびらを開けた。




 目の前でネクタイがぷよと、浮いていた。

「ああ、待って」

「♪まったく、おそいよー」

 背のびをして、ネクタイをつかまえると、首にまいて、家からとびだそうとしていたその時、


 ずっと探していた人が目の前にいた。



「ママ!」

「ええ。」

 わたしは泣きそうになりながら、ママへと抱きついた。すると、ママはわたしのネクタイを結びなおしてくれて、それから笑ってくれた。


「今日のぼうけんは、夢のなかとどちらが楽しかった?」

「もう、いじわる!もちろん、今日のぼうけんの方だよう!」

「そう。それはよかった」

 それからママは膝をまげて、わたしの目と目をあわせた。


 そう、わたしのママはまほうつかい。

 わたしはまほうつかいになるため、学校へいくの。


 すると、ママは笑って云った。

「あなたはまだ、だいじなものを忘れているわ」


「え……。なあに?」

 まだ、わたしは忘れているのかな。なにを忘れているのかな。すごく大切なことだよね。とか思っていると、ママは云った。


「言葉、よ」

「え?」




 ママは息をすって、とびきりの笑顔で云った。

「♪いってきます、は?」

「あ。」

 わたしは思わず恥ずかしくなって、ママの胸に顔をかくした。


 それから思いっきりママの匂いをすって、大きな声で云った。








「いってきます!」  



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まほうの家 夢を見ていた @orangebbk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る