あの年のクリスマスには魔法少女がいた

ピクルズジンジャー

📱12/24/2026📱

 ──もしもし、クイーンですか? あたしです。はい、先程到着しました。服、ありがとうございます。ええ、大きさはぴったりです。申し分ありません。毛糸の上着の方はふかふかで暖かくてよい塩梅です。色味が派手で目がちかちかしちまいますが。

 

 ──はい? 写真撮って送るんですか? 了解しました。では。

 

 ──届きましたか? 

 

 ──? ユスティナがぎゃあすか言ってる声が聴こえます。ヤツはそばにいるんですか? ……いえ、構いません。ところでヤツは何を怒っているんですか?


 ──復唱します。〝あぐりーせーたーにすとーるを合わせるな〟。 ? 申し訳ないです。どういう意味か説明願います。はい。


 ──……了解。毛糸の上着にこのひらひらの首巻を合わせたことに怒ってるんですね。はい。……首巻ではない、ではなんですかこのひらひらは? すとーる? ……はい、やはり夜会出席時に首や肩に巻くもので正解だったんですね。ひらひら、ふわふわ、きらきら具合からそうではないかなと。なら、首巻きと呼んで間違いはないのでは? ……申し訳ないです、ユスティナのヤツの声がでかすぎて聞こえませんです、はい。まだヤツは何を怒ってるんですか? 


 ──首巻きの巻き方がなってない? そんな風に首にグルグルまきつけるものじゃない? ふわっと肩にかける? それでは寒いです。ここいらは乾燥してますんで、新年の夜会当日はそれなりに冷えるはずです。大体、夜会用の着物とこんな薄くてふわふわひらひらした布っきれでは肩や首がが冷えちまいます、はい。……ああ! だからこの毛糸の上着を送って下すったんですか? ありがとうございます。色味が派手なのと、妙な獣の顔があたしの趣味には合いませんが、着心地は最高です。夜会でも冷えずに済みます、はい。……はい、夜会にもこの上着を着るつもりですが? だって、そちらさんの贈り物です身に着けないわけには……。

 

 ──あ、ユスティナ。贈り物うけとりました。ありがとうございます。

 

 ──……はい。……はい。では復唱します、〝一つ、毛糸の上着はあぐりーせーたーと言って冗談で贈りあうものだ。これを着て人前に出ることは女王の威信を台無しにすると心得よ〟。〝一つ、これは防寒具ではない。夜会に出席した際に使用する装身具の一部である。今すぐ女官に手渡すこと〟。復唱完了しました。これより女官に首巻を手渡しますです、はい。


 

 ──……。


 ──、はい、聞いてます。今女官にドルチェティンカーさん謹製の首巻を手渡していたところです、はい。ちゃんと実行していました。はい。

 

 ────……あ、クイーンですか。ユスティナがまだなにか喚き散らしているのが聞こえてますが? さあ、首巻を女官に渡したと言った途端にあれです、はい。


 ──成る程、首巻ではなくすとーるである、そう呼べと。ヤツはその程度のことでぎゃんぎゃんキレちらかしていると。はい。


 ──クイーン、その質問には答えねばなりませんか? ……復唱します、 〝答えなくて良い〟、ありがとうございます。はい。


 ──……? 急に静かになりましたが? 部屋を移った? それはあたしなんかのために気を使わせちまってすみません。はい。


 ──成る程、そちらは雪ですか。雪。あたしもそちらの世界で初めて雪を見ました。あれは鼻がツンとしちまいますね、冷たくて。

 

 ────…………。


 ──はい、すみません。少々ぼーっとしちまいました。ちょっと思い出すものがあったんで。……はい、悪い思い出じゃないんで謝罪は不要です。きれいな姐さんと一戦交えた、どっちかっていうと良い思い出です。煙草が恋しくなっちまうのが難点ですが。はい。


 ──どうしました、クイーン。……もしこの姐さんとの話が知りたければお話しますが? ちょうどあたしも少しばかり誰かと話したい気分でしたから……。別の話がよい、了解しました。


 ──くりすます、ですか。知っていますです、はい。そちらの世界の冬至の祝い事でしょう? 一度参加したことがあります。……はい、サクラさんの付き人やってた時に一度。


 ──いえ、雪は降ってませんでした。雨も降らない曇天で、ぬるい夕焼けの中、丸刈りにされた農地の上を二人で飛行していました。北からの冷たい風が吹いて手足が凍えちまうんじゃないかって日でした。戦友が言ってた凍傷になったらどうしようかって、あたしはそんなこと考えてましたね。はい。


 ──めでたい日になんでそんな寒い目にあっていたか、ですか。回答します。市街地って言えばいいのか、農地って言えばいいのか判断に迷う場所でサクラさんの仕事があったんです。あんときのサクラさんは、兄さんや一部の姉さん連中に人気でしたから。どっかの興行屋が主催したイベントに顔出してたんです。米の畑を突っ切る灰色の道沿いにぶっ建てられた箱みたいなエロ本しかないような本屋の中に小さいステージ拵えて、赤と白の妙な服きて、持ち歌二三曲歌って踊ってパンツみせて、その後のゲームでそのパンツぬいでステージからぶん投げて、その後握手会するような。まあドサ周りですね。はい。


 ──はっきり言って大丈夫です。サクラさんご自身が控室で仰ってたんですから、「クリスマスにドサ周りとかさせてんじゃねえよ」って。あの時、社長との仲が最悪な時でしたから。はい。あたしから見ても、事務所で一番の稼ぎ頭にさせる仕事のようには見えませんでしたから。


 ──おまけに迎えの車が来やがるのがえらく遅くって。あれも社長の嫌がらせだったんでしょうね。運転手だったクマ妖精が後から、道が混んでてとかゴニャゴニャ言い訳してましたけど。


 ──とにかくサクラさん、ふきっさらしの中に断ってる箱みたいな大人の本屋の裏側で、おっそろしく不機嫌だったんです。糞寒いわ、迎えが遅いわ、パンツ穿いてないわ、出待ちが鬱陶しいわって。しばらくSNSに自撮りやらのっけたり、クリスマスにドサ周りですかって絡んできたアンチを挑発して遊んだりしてらしたんですがそれにも飽きて。


 ――しまいに、ガーッとガチきれちゃいまして、はい。


 ──腹減った! 行くぞ! って仰って。


 ──緊急時でもなけりゃ明るいうちに魔法は使うなって、決まり事が一応あったんですが、それをすっぱり無視なさって。いつもみたく、あの杖を飛行形態にしてからあたしを後部にのっけて空を飛ばれたんです。ふわっ、からの、びゅーって! こういう田んぼと住宅ばっかしのとこにはたいていイオンがあるからそこ行くぞ!って。 イオン、御存じです? でかい箱に入った市場みたいな。……ああはい、モールってやつです。はい。


 ──で、本屋の裏側からぴゅーっと空飛んで、狙い通りイオンが見つかったんでそこの屋上に降りて、そっから中に入って、まずパンツ買って、そっから、あの、飯食うとこでトリのから揚げ食って、ぶらぶらしてたら迎えのクマ妖精がようやくこっちに連絡とってきて、車をこっちに回させてから帰りました。以上です。


 ──……、いえ、本当に以上です。……あ、夜には肉食いましたよ?


 ──どうされました、クイーン? あたしまた妙なこと言っちまいましたか? 


 ──? くりすますにはトリのから揚げ食うもんじゃないんですか? はい。


 ──地域による、了解しました。しかしあれは悪いもんじゃなかったです。実際、美味かったですよ。サクラさんも机挟んだむこうの席で、唇てらてらさせながら胡椒の効いたのを脂っこいトリがつがつカッ食らってらして、ああこの人本当に腹へってらしたんだなって見てました。はい。


 ――モールの中はあったかくて、人も多くて、きらきらして、甘ったるい音楽がうるさくて、ちょっとばかしのぼせそうになってましたが。ぴゅーぴゅー寒かった灰色の外とあまりに違いすぎたんで。夢みたいだなってなって。


 ──腹が膨らんだからかサクラさんの機嫌もよくなったみたいだし、このままずっとこの暖かい箱の中の市場にいたいなって、迎えのクマ妖精が来なけりゃいいなって。はい。


 ──………………。


 ──すいません、なんか思い出しかけてボーっとしちまいました。はい。気をつけます。


 ――はい、クリスマスの話は以上になります。


 ──? なんでクイーンが謝んですか? そんな必要ありはしないはずですが?


 ──そうですね、サクラさんもどこかでトリのから揚げ食ってりゃいいなって思います。はい。あの時のあたしみたいな、ぶつくさ文句言える相手が傍にいたらいいんですが。


 ──どうされました、クイーン? あたし、何か変なこと言いましたか? ……そう、それならよかった。


 ──ところでクイーン、さっきユスティナのヤツがこのなんとかセーターを着た写真をあたしのSNSには乗っけるな、いますぐ削除しろ、まかり間違って外に漏れると女王の威信に傷がつくといっちょ前のことをぬかしてやがりましたが、どうでしょうかね? 今のあたしみたく、チビなガキの状態なら「気さくな愛嬌もん」って評価になりこそすれ傷などつかないと思うんですが? 夜会にはちゃんといい着物を着て例の首巻をふわっと巻いた、大人のあたしの姿で出席すれば支持者の皆さん方もお喜びになると思うんですが? ……はい、あたしの思いついた演出です。実行するべきでしょうか。……ありがとうございます。一応、ユスティナにも訊いてみてください。はい。


 ──では、失礼します。……すいません、もう一度お願いします。……はい、復唱します。〝めりー・くりすます″。

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