煙と糖
女がどんなタバコを吸っているのか、私は興味がなかった。
女がタバコを吸っている事実に、私は興味があった。
私は、彼女が紫煙を撒き散らす様を見たいがために、昼休みになるたびに、彼女に同行していた。
大学の喫煙所は、山際の古びたレンガの建物の壁面に沿って設けられている。
青い紐のネームプレートをぶら下げた職員や、昨日今日の他人と自分の話題で、大声で笑い合う学生たちが、ぷかぷかと命を浮かばせていた。
喫煙所に辿り着くと、彼女は空いているベンチの前に立った。そして、黒いスキニージーンズを留めている、黒いベルトに取り付けられた、焦げ茶色の本革でできたシガレットケースに手を当てる。そこからスルリと、タバコの箱を取り出した。私はその箱の柄が、詳しくは見えなかったが、見間違いでなければインディアンの横顔のような柄が見えた。
「どうした? バナナオレは。今日は飲まないのかい?」
薄紅色の唇に、真っ白な小さな筒をちょいと挟んだ彼女は、腰のケースに箱をしまった。そして、ケース横のライター入れからジッポーを取り出した彼女は、程よく長い睫毛を伏せながら、左手で風を遮りタバコの先に火をつけた。ジッポーをしまい、右手の中指と薬指で口元を覆うようにしてタバコを挟んだ彼女は、一息で風を世界に送った。
途端、様々な思いが込み上げてくる。
美しいものを生み出す者に対して、私は常に感謝の念を抱いていたい。
様々な思いの中でも、特にその思いが強く、私は自然と口を開いていた。
「今日も、ありがとうございます」
私はそう言って、喫煙所の裏の自販機に向かった。紙パックのバナナオレを買うために。
いつもはあんなお礼は言わないのに、今日はなぜか、するすると言葉が出てきた。
彼女に出会ってから、彼女の前では言葉が紡げるような気がしたからかもしれない。なんにせよ、これは私にとっては良い兆候なのだろう。そうあってほしいと、私は自動販売機が吐き出したバナナオレを握って、彼女の隣へと向かった。
紫煙の髪 ここしゅか @kuenmmel
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