蝶と花

 女は学食を利用していて、いつもカツカレーを食べている。


 女はカツカレーをトレイに置き、会計を済ませた後、カラトリーコーナーでスプーンと箸を取っている。


 私は「どうして」と問わずに、気に留めないふりをして、彼女と席を探した。やがて隅の方に二人分、向かい合わせに座れそうな場所を見つけたので、そこに腰を下ろした。


「いただきます」

「いただきます」


 共に手を合わせてから、私は箸を持ち、きつねうどんの麺を啜り始める。


 彼女は箸を持って、カツを食べた。


 その様は実に上品極まるものだった。


 私が最後にカツカレーを食べたのが、彼女と出会う二週間前のことだった。


 その時私はスプーンの上に、小ぶりなカツを乗せて一口で食べていた。しかし、彼女はどうだ。箸の持ち方も完璧。狂いがない。そして二口で食べている。


 私は呆気にとられて、その様を見ていた。


 すると、背筋を伸ばしたままカツを咀嚼していた彼女が、私の程よい熱のこもった視線に気づいた。彼女は、ゴクリと喉を動かしたあと口を開く。


「カツカレーのカツを箸で食べることが、そんなに珍しいことかな」


 と小さく笑った。


 私は慌てて。


「あぁ、いや、違うんです。……すごく上品だな、って……」


 語尾になればなるほど俯いていく私を、彼女は「アハハ」と笑って、前を向かせてくれた。


「上品。……そうか、上品か、ふふ」


 彼女は音の鳴る小さなボールを転がしたかのようにひとしきり笑った後、深い息をついた。


「いや、ありがとう。上品だなんて言われたことがなくってね。いつも変だねってからかわれていたんだ」


「は、はぁ……」


「私も変だと思っている。けれども、なんというかこう食べた方が、私の中では綺麗なんだ」


 彼女は、書斎の安楽椅子の上で、過去に想いを馳せる老婆のように目を細めた。


「……私も、そう思いますよ」


 するとさっきとは打って変わって、彼女は年相応の笑みを浮かべた。


「そうか」


 そう言って、カツを箸でつまんだ。蝶が蜜を吸うため、花に留まるかのように。

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