伝書鳩飛んだ

雨世界

1 今、一歩を踏み出す。

 伝書鳩飛んだ


 プロローグ


 あなたは遠い場所にいる。


 本編


 今、一歩を踏み出す。


「この手紙。あの人に届けてきてよ」

 友達にそう言われて、私は一枚の真っ白な手紙を受け取った。

 それは友達からあの人に向けて一生懸命思いをのせて、書かれた、恋の手紙だった。

 そのことを、ずっとその友達から恋の相談を受けていた私は知っていた。


「別にいいけど、でも、こういう手紙は自分で渡したほうがいいんじゃないかな?」と私は言った。

「そうだけどさ、やっぱり恥ずかしいし。それに、あなたたち、仲良いじゃん。幼馴染なんでしょ? だからさ、お願い。ね。私の代わりにこの手紙、あの人に届けてきてよ。お礼は絶対にするからさ」と友達は言った。(友達はすごく綺麗な人だった。だから絶対にうまくいくから、すぐにあの人に告白すればいいのに、と私はずっとその友達に言っていた)


「わかった。じゃあ、あとでなにかおごってよ」私は言った。

「ありがとう。じゃあ、よろしくね」

 そう言って友達は私の体に抱きついてきた。(私は、はぁーと小さなため息を心の中でついた)


 放課後の時間。(空はすっごく晴れていた。いい天気だった)

 私はあの人を学校の屋上に呼び出した。

 あの人はいつものように「いいよ。別に。暇だし」と言って、笑顔で、私の呼び出しに応じてくれた。

 

 屋上に約束の時間よりも、少し早めに私が行くと、そこにはもうあの人の姿があった。

 学校の制服姿のあの人は、屋上から晴れ渡っている、気持ちのいい十二月の風が吹いている、青色の空をぼんやりと一人で眺めていた。

 私はそんな青色の中にいるあの人の後ろ姿に、ちょっとだけ見とれてしまった。


「早いね」私はあの人の近くまで言ってそう言った。

「うん。なんかさ、大事な話があるんだろ? それで、まあ、ちょっと早めに、一応、時間に遅れないように来た」

 私を見て、あの人は言った。

「偉いね」にっこりと笑って、私は言った。


 私たちのほかに誰もいない屋上に風が吹いた。

 その風の中で私たちは少しの間、沈黙した。


「それで、話ってなに?」あの人は言った。

「……うん。実は渡したいものがあるの」と私は言った。


 そう言って、私はポケットの中に大切にしまってある、友達の、あの人に向けて、恋の思いが綴られている、恋の手紙を、手にとった。

(その手紙に手が触れたときに、私の心はひどく揺れ動いていた。あの人は私の本当に仲の良い小学校時代からの幼馴染だった。そして友達は、私の本当に大切な友達だった。二人とも私にとって、とても大切な、大切な人だった)


「これ、実はさ……」

 そう言って、私は友達の恋の手紙を、あの人に手渡した。


 するとあの人は「……そっか」と言って、それからにっこりと笑うと、「ありがとう。とりあえず読んでみるよ。返事は僕が自分で本人に伝える。そう言っておいてくれないかな?」とあの人は私に言った。


「わかった。手紙、受け取ってくれてありがとうね」と私は言った。(私はまた、伝言を頼まれてしまった)


 それから私たちは笑顔でさよならをした。


 本当なら、いつものように、一緒に帰っても良かったのだけど、そうはしなかった。

 そうしたほうがいいと、私もあの人も、そう判断をしたのだった。


 その日、私は一人で家に帰った。


 世界には十二月の気持ちのいい風が吹いていた。……一年が終わり、新しい年が始まる。そんな新しいなにかが起こるようなことを期待せさるような、そんな気持ちのいい風だった。


 その風の中で、私は、ちょっとだけ泣いていた。


 どこか遠いところに、誰もいない場所に、この風と一緒に、飛んでいければいいなと思った。


 年が開けて、新年を向けると、あの人は私の友達と恋人同士の関係になった。


 私は三学期の始まった学校の中で、「おめでとう」と二人に言った。


 二人は「ありがとう」と幸せそうな笑顔で、私に言った。


 友達は「私があの人と恋人同士になれたのは、あなたのおかげだね。本当にありがとう」と私に言った。(そして約束通りに、私にごはんをおごってくれた。私は遠慮せずに、いっぱい、ごはんをもぐもぐと食べた)


 高校を卒業するとき、私は二人の恋の伝書鳩のようになっていた自分の存在を、ちょっとだけ後悔していた。

 でも、それはあくまで、ちょっとだけの後悔だった。


 私には、あの人に告白する勇気なんてなかった。

 友達は、私の思いをきっと、知っていたと思うけど、それでも、高校三年間の最後の最後まで、あの人に告白をするのを待ってくれていた。

 あの大切な(本当は自分で渡したかったはずだ。私の友達はそういう強い心を持った、私とは違う、きちんとした考えのできる、本当に素敵な友達だった)手紙を、あなたがしないのなら、私がするからね。

 と、いうメッセージを込めて、最後の選択を私に託したのだと思った。


 もし私がその手紙をあの人に渡さなかったり、友達からいやだ、と言って受け取らなかったりしたら、きっと友達は、あの人に恋の告白をするのを、やめたはずだと私は思った。


 悪いのは全部、勇気のない私自身だった。


 卒業式が終わって、みんなで笑顔で卒業するとき、(もちろん、その中にはあの人と私の友達がいた)私は一人、心に誓っていた。


 私は大人になるんだと。


 私はもっと、きちんと成長した自分になるんだって。そう、本当に強く思っていた。(まるで模範的な卒業生のようなことを思っていた)


 もうに二度と、あんなに辛い、すごく真っ暗な夜を過ごすことがないように。


 ……もう二度と、朝まで、一人でずっと薄暗いキッチンのところで、泣いたりしないために。


 そんな強い人間になるのだと、手をつないで幸せそうな顔で笑い合う、(どうして、あそこにいるのが私じゃないんだろうと思った)二人の姿を遠い場所から見て、私は一人、笑顔の中で決心をしていた。


 自由に空を飛ぶために。

 これからも、自由に生きていくために。


 青色のひとりぼっちの空を見て、私は今日、高校の卒業式の日にそんなことを、……強く思った。


「よし!」

 そう言って、私は笑顔で二人のいるところまで、元気いっぱいの姿で駆け出して行った。


 伝書鳩飛んだ 終わり

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