第一章 ヤンデレとか、好みじゃないんですけど

@1

「お綺麗です、お嬢様」

「……ありがとう」


ぼんやりと、客観的な思考で鏡に映る自らを眺めた

シルクのシャツに脚長効果のプリーツスカート

この世界の常識はあまり知らないがお茶会程度ならドレスなんて着る必要もないだろう

……しかし、まいったな

私が転生した世界、そこはゲームの世界

ジョブ選んで、スライム倒して、とかそういうゲームではなくて……

恋愛モノ……所謂いわゆる、乙女ゲームと呼ばれるもの

そして、友人が作った私に似せた主人公キャラに転生してしまった、というわけだ


「準備が出来ましたら呼びに来ますね」

「えぇ、ありがとうメアリ」


パタン、と閉じる扉を見てから私は項垂れる

mad bloodマッド ブラッド─紅い契りをここに─

友人のせいで覚えたタイトルに少し笑えた

累計 1000万、ダウンロードされたスマホアプリ

やっと一周年経ったばかりだというのに、既に漫画化、ノベル化、アニメ化が決定

主人公のキャラメイクまで出来て、スチル画像にもキャラメイクが反映される、と話題になった作品

中でも、一番の見所は攻略キャラクターと主人公の意外性

3人の攻略キャラクターは全員ヤンデレで、主人公さえもヤンデレ

一見、普通の女の子に見えるが、攻略キャラクターと交流を深めることによって、その性格は一変した

優しく微笑んで友を蹴落とし、恋のライバルは陥れて追放処分へと追いやる

典型的な悪女といえる女の子で主人公らしく、ライバルに嫌味を言われたり、いじめられて助けてもらう、などというイベントは一切ない

エンディングの種類も豊富で、1人のキャラクターに7つのエンドが用意されている

そのうちの5つは主人公、又は攻略キャラクターが死亡する、とかなり猟奇的なエンドが豊富

本当に、好きな人は好き、といった作品だと思う


「……しかしまぁ…ねぇ…」


再び鏡へと視線を向けて笑いが零れる

この姿は鏡ではなくて、画面越しに見覚えがあった

彼女わたしの名前は、ライム・フラン

……友人が作った主人公である

大学生にもなって、一向に彼氏を作らない私の『恋愛してる所が見たい!』などという理由で出来た彼女わたし

名前まで一緒にされそうだったが、それだけはやめてくれ、と頼んだ結果、私が好きなライム、と名づけられた

……自分が、ゲームの世界に転生したことはよく分かったが、これからどうするべきだろうか

主人公自体は以前からヤンデレという訳ではなかった

徐々に彼らへの想いが歪み、自ら辿り着いたのが歪んだ愛情表現の形

今のところ、私自身の性格が反映されているおかげなのか、彼女わたしに猟奇的な部分は見当たらない

侍女の態度も普通だったし、部屋だって至って普通だ

まだ、攻略対象と1度も関わっていないからだろうか

……世界がこんなのだといっても折角、転生したのだから私は再び死にたくはない

そうなると、選択肢は自然と絞られてくる

彼らが既に病んでしまっているというなら、私は出来るだけ関わらないよう生きていく道を選ぶつもりだ

ゲームの補正がどれだけ働くのかはまだ分からないが一筋縄でいかないようなら、出来る限りは抗ってみようと思う


「お嬢様、準備が出来ました、どうぞこちらへ」

「……あぁ、今行く」


彼らと結ばれると、半分以上の確率で私、もしくは相手が命を落とす

自分の命は勿論、出来る限り相手側の命も助けたい

と、なるとやはり関わらないという選択が一番だろうか


「足元、お気をつけて」

「ありがとう」


執事の手を取って、馬車へ乗り込む

幸いなことに、体に染み付いた仕草は残っているようで礼儀とかその辺は気にしないでよさそうだ

たしか、彼女はそれなりに位の高い貴族の娘

兄弟はいなくて、両親に溺愛されている

大なり小なり、ワガママは聞いてもらえるが彼女は無欲だった

唯一彼女が望んだものは、薬草を育てるための庭園

それも、庭の半分にも満たない広さだった

これから起こるイベント、第1王子アイラ・ムラングとのお茶会

彼女が楽しみにしているのはその人に出会うこと、ではなく、王宮の庭園が目的なのだ

他の令嬢が、彼へ媚びを売る中、彼女だけは庭園の薬草や花々を見ていて、その姿に王子は興味を示す……とかそういう内容だった、と思う

……友人が、主人公を私に似せたのも若干、納得したのはソレが原因でもあるのだ

私は……大学生で、専門学科として植物学を学んでいた

世界中にある草木の種類や、人体へ及ぼす効果

それを毎日、毎日調べて、効果の弱いものなら自らの体に試したりもした

彼女は自分の体で実験まではしなかったものの、庭園を作る程興味を持っていたようで、そこは共通点と考えてもいいだろう

現に、私も王宮の庭園には興味がある

以前、友人から見せられた画面には海外にしか生息していない植物や、ファンタジー世界特有の不思議な草木が描かれていた

折角、実際に見れる機会があるのだから、それを有効に使わないという手はないだろう

王子から距離を置きつつ、未知の草木の研究をする

これが、今回の課題になりそうだ


「出発しますよ、揺れますので立ち上がらないで下さいね」

「……あぁ」


揺れる車窓から、ぼんやりと遠くを眺めて、私は決意を固めた


     「……絶対に、生き延びてやる」

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ヤンデレによるヤンデレのための乙女ゲームを━━━━━━━━━━━ぶち壊します‪♡ 夢兎 @enmusu

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