第47話 肥前の娘

 鬱蒼とした森の中をすすむ影。敏捷な獣たちよりも速い、桁違いに……。娘は森をつき抜けそのまま断崖から跳躍した。高さ十丈はある絶壁だ。

「涼しい…………風になったように…………」

 地表への降下を楽しむと、華麗にからだをひねって着地。ふたたび高速で走りだす。

(あいつらを待ってはいられない)

 女子供の悲鳴が聞こえた。ぐずぐずしてはいられなかった。程なくして、

「………いた! 獲物」

 両腰に備えた短刀をするりとひき抜き、賊らしい男たちに急速に肉薄、かたっぱしから斬り裂く。侍くずれの賊徒がなんの抵抗もできぬままたおされていく。

「11人…………あと、ひとり」

 首領らしき武者は、人力外の業に恐れをなし、追い詰められた猛獣のような咆哮をあげながら黒塗りの槍をふりまわしている。女子供ではとても歯がたたぬ巨漢だ。しかし、この娘には赤子同然の標的にしかうつらない。風音とともにふりまわされる槍を難なく躱し男の目の前で刀をあやつる。

「速すぎる!」

 武士の口から漏れる悲鳴。人には識別不能な早業で刀をさばく。

「よく斬れるね………これ」

 無感情にわらう娘は、返り血ひとつあびずに賊の周囲をめぐり、甲冑もろともなますにしてしまった。

「任務完了」

 すべらせるように刃をおさめ、瞳をとじた。

(………いる…………あの場所…………)

 肩ほどまでの栗色の髪が風にゆれていた。

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