第48話 夢に君を見る

 白いもやのかかった闇のなかに人影が浮かんでいた。

(…………オヤジ………。……………源氏でもあるまい…………。………忠三郎……………もはや憎んでも余りある敵であろう。………………ならば…………誰だ…………わたしの意識に入りこんでくるのは……………誰だ)

 全身に加わる震動も相まって少女は不快感をもった。今はこれから繰り広げられる戦のことだけ考えていたいからだ。

「誾千代………」

(…………女?)

「忘れてしまったの? ………………のことを………」

 知己のようだ。

(……………あぁ……………孝子さま………………。……………なにゆえ筑前ここに……………………危急の事でもございましたか?)

 孝子は憂いをふくんだ微笑を残し、目の前からふっと消えてしまった。誾千代は観世音寺せんじょうへむけ、馬を走らせている。あとにつづくのは十時連貞一騎のみ。

「夢をみていたよ………」

くらのうえでお休みに?」

 歴戦の武者が驚く。まさに東奔西走、誾千代の疲労は限界に達している。この一覚が、この年少の女主おんなあるじの疲労を和らげてくれよ、と願うしかなかった。そんな連貞の願いを知ってか知らずか誾千代は後方に顔を少し向け、白い歯をみせた。

「臼杵の御方だった………。…………日向の島津が動いたのであろうか?」

「豊後のことは、加判衆方にお任せするしかありませぬ」

 このたびの争乱が島津の思惑から起こったものなら、豊後のみ無事ということはまずない。九州全土を揺るがす兵乱をおこし、各地の大名国人をそれにかかりきりにさせ、島津義久がいまもっとも欲する国、つまり肥後を薩摩・大隅二国の大軍で悠悠と取りにゆくであろう。九州でもっとも強大な島津にはそれができる。

(………あの男が府内にいて、万一のとき救援に赴いてくれればいいが、無理だな)

 志賀家のあの惣領もおそらく軍旅のなかにいるであろう。

「臼杵に往けば…………お守りすることも叶おうが!」

 激発した声が闇の森林に轟く。切れ長の目をカッと見開き、孝子への不安を打ち消すかのように黒鹿毛の腹を打つ。馬の勢いがさらに増す。島津義弘の理性が保たれるのを祈るしかないことが口惜しかった。

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