第45話 軍旅多難

「汗を流したら、すぐに出る」

「いずれへ参られます?」

「………西からの脅威は去った。………黒帽子に聘門へいもんでもするさ」

「……御冗談を」

「軍士らの慰労にゆくのだ。…………驕奢淫佚の輩に任せてはおけない」

「誰のことで?」

「そういうことは、聞かぬものだ………」

 きめの細かいつやのある白い肌がこの老人にも眩しくうつった。博多への襲来が起こる前日を生きているのである、いまだ誾千代たちは………。四面楚歌の状況で守禦しゅぎょの計をはかる閑暇いとまとてない。

(ご遺命に従っておれば……。このような佳麗な少女に重荷を背負わせることはなかったであろう)

 仮親として胸が痛む。が、病躯の老骨では戦場で補佐することも間々ならない。

「秋月への怨みはお忘れなされ……。紹運殿への合力、敵軍の破砕はさい、見事成就なさることを祈っております。………孫右衛門、護衛はしっかりせいよ」

「ご安心を、何人にも手出しはさせませぬ」

 精兵はことごとく四方に振り分けられ、この廉直大力の士と誾千代のみで戦場へと長躯することになる。それを見守る立花山の夕月夜には炊煙が幾筋も上がっていた。

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