第43話 戦禍の渦
「美輪、こっち、こっち」
「待ってよ、そんなに急がなくても」
「あいつらに見つかったら大変だから」
「そうだけど……」
裏路地を通り抜けて、ふたりは目的地にむかっている。
「逃がすんじゃねえぞ!」
「分かってるって」
「それにしても逃げ足の早い奴らだな~」
「ぼっとしてねえでさがさねえか!」
「はいよっと」
古びた家屋の端に身を隠し、太郎と美輪が息を潜めている。暴風が通り過ぎるのを待ち望んでいるのだ。
「ねえ、この棒使えない?」
「使うって?」
「やっつけちゃえばいいじゃない」
(以外に過激なこと言うなぁ……)
太郎は驚きとともに感心していた。美輪の手から渡された木は樫でできている。小太刀ほどの長さであった。これで額でも殴られればいくら子供の腕力とはいえ相当の損傷をこうむるはずだ。
(よし!)
太郎は木太刀の柄を両手で握りしめ、追跡者の隙をうかがった。敵は三人、いずれも
(……初撃で大将を、倒さないとな)
それができれば、あとの二人は仰天しておそらく逃げ散るだろう。残りのふたりの戦意は高くないと見た。
家屋の軒下からがたいのいい親分格の隙をうかがう。
(…………今だ!)
太郎が物陰から躍りだし、首領格の背後から太刀を浴びせる。が、
「おっと! あぶねぇ、あぶねぇ」
年嵩の少年は、太郎をあざ笑うかのように身をかわし、高橋の次男坊の足をひっかけた。太郎が地に這いつくばっている。
「っ……痛って」
「へへっ、罠にかかったな、出てくるのを待ってたんだ」
「くっそ………」
「おい! お前ら! このチビを引き起こせ!」
ほかのふたりが集まってきて、太郎の両腕をかかえて立ち上がらせる。
「うわっ!」
「女だ!」
美輪が子分たちに体当たりしたのだ。だが如何せん、少女の身では親友を開放させるほどの力はなかった。
「ちょうどいい、この女も料理してやろうぜ」
「へへへっ」
品の悪い笑みを浮かべながら大将格の悪童が美輪を引き起こす。
「美輪を放せ! 馬鹿野郎!」
「黙れよ」
太郎の
「おっと、まだ倒さねぇぞ」
ほかの悪童が太郎の腕をつかんで引きあげた。
「あなたたち! なにやってるの!」
「うわっ、あいつだ!」
突然、背後からふってわいた声のぬしに、悪がきどもが狼狽えている。悪童の大将格が、腕を回して仲間二人に合図した。
「馬鹿女~、あっかんべ~だ」
町の悪がきたちが去っていった。この女の実力は町で知らぬものとてない。少年たちが太刀打ちできる人間では到底なかった。それどころか、大人でも不可能だろう。戦闘よりも戦略戦術という点で。
「まったく、もう」
太郎と美輪に近づきながら、眉目秀麗な女は嘆息した。眉を寄せ、困ったような顔は美しく、男を魅了するのに十分な器量をそなえている、いや十分すぎる美しさといえた。
「……若様を助けて差しあげて」
「畏まりました」
女主人は供のふたりの男に太郎の介抱を命じ、自らは美和を起こしながら、倒れたときについた埃を、小袖から払ってやった。
「美和ちゃん、大丈夫?」
「……うん。ありがとう、千鶴さん」
「いいのよ、それよりなんで大人しく庭で遊んでなかったの?」
「だって、町を見たかったから………ごめんなさい…………」
(あたし…………この人みたいな女になりたい………)
少女のとろんとした眼差しが、千鶴の容麗をぼんやりとながめていた。
「いいのよ………あなたを責めてるわけじゃないの、だいたい察しはつくから。………でも、これから外に出るときには言ってちょうだいね」
「……うん」
千鶴は、この外出が高橋の次男坊の提案によるものだとわかったが、意識を失っている者をわざわざ起こすのも可哀想だとおもっていた。
(………さてと、由布様に会いにいかないとね)
迷い子を探し当てた麗人は、あの巨漢に会うのはあまり気が進まないとおもった。
「この子たちを店まで送り届けてちょうだい。私は東分屋敷へ行ってきます」
「お気をつけて」
「そうね、あまり好きになれそうもない人だから………」
(…………今日も暑くなりそう。…………あのお姫様………ほんとに戦が好きなようね………)
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