第41話 筑前紅珠

「宗像のほうから手をだしてきたのであろう? 和泉守」

「……左様です」

「大殿が泉下で哀しまれるのが、お分かりにならぬか!」

「………わたしは父とは違う。……お父様は王道とも覇道ともつかぬやり方をなされたが、わたしが進むのはごうこともない覇道である!」

「……」

「どうするのだ、倉田景定? ……意地をはらずに素直になればいい」

「お断りする!」

「ほう。……断ってどこに往こうというのだ?」

「あなたの知ったことではない!」

「……」

 まぶたを閉じたまま、

(……義か………あの男らしい……。だが…………わたしの征く道とあわぬ者はいらぬ………)

 誾千代は宗像の一門を離反させて許斐山城を易々やすやすと奪い取った。

 利に目聡い輩は、利益を追求することが人生の最優先事項となるため、利によって転ぶ。その弱みにつけ入られるのはどの時代も変わらない。松尾殿こと色姫は父道雪の側室であるため、そこをけば自分たちの為した裏切りの動機も正当化できる。薄汚い俗物の心理を鋭く突いたのだ。

 白居易が唇からながれる。

年年漸見南方物ねんねんようやくみるなんぽうのかく

 事事堪傷北客情じじいたむにたうほっかくのじょう

 山鬼趫跳唯一足さんきちょうきょうすただいっそく

 峡猿哀怨過三聲きょうえんあいえんすさんせいをすぐ

 帆開靑草湖中去ほひらきてせいそうこちゅうにさり

 衣濕黄梅雨裏行ころもうるおいてこうばいうりにゆく

 別後雙魚難定寄べつごそうぎょさだめてよせがたし

 近來潮不到盆城きんらいうしおはぼんじょうにいたらず

 記憶の中の男にか、敵となった友にか。誾千代は調略した城郭から宗像氏貞の籠る鳶ヶ嶽を見つめ、

(…………本気、なのだろうか。……あの男………)

 誾千代の長い髪が風に煽られて乱れた。

「風が………蒸すな……」

「はい」

「………凡俗どもには、このほうが分かりやすかろう?」

「御意。………覇道などというものは、押しなべてこんなものです」

「………ふふ………あとのことは任せる……」

「承知、つかまつりました」

 鎮西一の嬋娟子せんけんしは、黒髪に指を通しながら丘陵の坂をおりていった。

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