第40話 義久の憐情
島津の将兵が、人吉をかこむ山々を埋め尽くしている。夏の日照りが、肥後の村々に
島津義久は、胸川を挟んで人吉城の南西に位置する雨吹山ちかくの本陣にいる。その陣羽織が日差しを浴び、輝くような美しい毛並みを見せている。琉球国の主催する中継貿易で手に入れた、唐渡の虎皮を使用したものである。甲冑は
「降伏を受け入れよう。ただし………ひとつだけ呑んでもらわねばならぬことがある」
「どのようなことでござろう?」
相良
義陽は、島津氏の薩摩統一以前から薩摩北部の
「たしか……その方と甲斐は
「……」
「さしずめ………その方が
「……」
「まあよい…………そう身構えるな。それほどの難事ではない」
「……」
本陣以外の部隊から鬨の声があがる。薩摩人の闘争心が肥後の山々に高らかに鳴り響く。義久はそれに耳を傾けながら、
「あの者を我が方に通じるように内々に説得いたせ……。……内々でよいのだ」
「あの方は、そういった謀は好まれませぬ」
義陽の懇願にも似た拒絶の意思など汲む余地もなく、薩南の主は言い放った。
「だからこそ、友たるそなたに頼んでいるのではないか」
「ご無体な……」
「………そうだな。…………だが、その無体を平然としておこなうのが、我ら武家というものだ。………こういう時代では特にな」
「それは………。じゃが、そもそも先の近衛
と、力強さを感じさせる赤銅色の両腕をわなわなとふるわせ、上げることを許されぬ目を皿のようにして、じっと地表を睨む相良義陽が強弁した。その様子を見ていた義久は目を細め、強者特有の残忍な笑みをうかべる。
「あれは………豊後にいる大友との戦はせぬ、という内容であった。………肥後はこの限りにあらず。我ら島津はそう受けとっている。泣き言は…………近江にいる織田殿に聞いてもらうことだ」
相良義陽はがっくりと
「これ以上、そのほうと意味のない問答をするつもりはない…………甲斐の調略は申し渡したぞ。………この島津に来朝するかぎり、以後! 相良の存続は受け合おう!」
そう言い捨てた義久が床几から腰をあげる。
「小四郎。……ゆくぞ」
「はっ」
天鵞絨の瞳に映っているのは相良義陽でも人吉でもなく、前をゆく気品にみちた男の背中であった。
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