第37話 人吉攻め
島津義久が重い腰をあげ、2万の大軍を動員したのが天正9年の夏。すでに
忠棟が地図に描かれた人吉の巨城に目を向けて言う。
「お指図どうり水俣落城の報を場内に流しておきましたゆえ、城の者どもの士気はすでに限界にござりましょう。一挙に攻め落とすという選択肢もございますが、如何いたしましょうや?」
乱波の
が、口もとに差した主のほのかな笑みを、忠棟は見逃さなかった。
「なるほど、仰せごもっとも」
「………又六郎は上手くやっているかな」
「御舎弟様のことです。ご心配には及ばぬかと」
「……そうだな」
人吉は相良氏の本拠地である。ここが落ちれば、肥後の半分が義久のものとなる。島津の覇業はさらに現実味をますことになるだろう。
「殿、かの者どもを連れて参りました」
新納忠元が、帷幄に伴ってきたのは、侍大将、足軽大将など身分を問わず、あることを為した者たちであった。それら十数人の者たちは縄目を受けている。
義久はめずらしく冷笑をうかべていた。床几に腰をおろし机で頬杖をつきながら、
「刑を言い渡す前に………お前たちにひとつだけ聞いておきたいことがある。………男と女の間で交わされる、禽獣の行為が………そんなに好きか?」
人吉近郷の農家に押し入りその女房や娘たちを犯した者たちは、義久の侮蔑の色にたいして、一言も発することができずにいる。一人の武者がたまらず声をあげた。
「お許しくだされ!」
「女たちも………同じことを申したであろうな」
「……」
「……新納……。こ奴らの首を落として、軍中に晒せ。………全軍の将士らのよい見せしめとなる」
「御意」
新納忠元の家臣に縄で引かれていく男たちが口々に言った。
「お慈悲を!」
「我らのしたことは勝ち戦ではよくあること!」
「殿も男児なら、我らの気持ちがおわかりになりましょう!」
「……わからんな……。………どうしたらそうなる………ふふ……」
義久の品の良い笑顔が、さらなる侮蔑で歪む。
「クズどもが………ふふ……」
薩南の主は心底軽蔑し、失笑をもらした。だが、悪心をおこす者がでるという事実は義久の心を深くえぐった。このような者たちを生んだのは、君主としてのおのれの失政のなせる業であることに思いが及ぶ義久なればこその懊悩である。そこに思い及ばぬ者に人の上に立つ資格などあろうはずがない。
「………」
「………小四郎、なにか言いたげだな」
「………相良義陽をお使いになる………どのように?」
「義陽に阿蘇を調略させる…………応ずれば良し、応ぜねば…………あの城を、干し殺す」
「………女子供もですか?」
「それを決めるのは俺ではない…………相良義陽だ。…………そう思わんか?」
「………」
天鵞絨の瞳が揺れるのが義久にはわかった。
(…………優しいな……………。……………こんな世では、悪徳とさえ言う愚か者どももいるのにな……………)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます