第16話 紅顔の少年

 ぞくに、大友三宿老と言われる元老には特別に府内に屋敷を置くことが許されていた。

 吉弘鑑理よしひろあきまさの吉弘家

 臼杵鑑速うすきあきすみの臼杵家

 戸次鑑連べっきあきつら(道雪)の戸次家

 の三家であった。

 言うまでもなく弥十郎は戸次家に属している。

 突き当たりのデウス堂(カトリック教会)を左に折れると、戸次家の屋敷が右手に見えてくる。質素な門構えをくぐると玄関があらわれる。

「誰ぞ、居ないかっ! 倉田景定くらたかげさだ唯今帰参したっ!」

 弥十郎は、その玄関に座って草履のほそい縄紐なわひもをほどいた。

「ご無事のお着き、なによりでございます」

 温良おんりょうそうな若者が、玄関の床に膝をつく。

「忠三郎。ここに居たのか」

大夫たいふ、その左眼は、一体どうされたのですか?」

 忠三郎が、物柔ものやわらかに問うてきた。

「これか」

 弥十郎は、思わず苦笑した。

(今日で何度目だ。この質問は)

 弥十郎は、指折り数えてみた。

(……九度目だな)

 府内までの船旅でも、水夫かこや同乗者に聞かれたのを思い出していた。

「それについては、おいおい説明しよう」

 弥十郎は佩刀を腰から外した。が、ちいがたなはそのまま腰に差している。式台にあがり廊下を渡った。忠三郎も立ちあがってそれに続く。

「それより、なぜここに居る?」

「誾千代様のお供で」

 後ろにいる忠三郎が、答えた。

「……誾千代様がいるのか? この屋敷に」

「はい、あ、いえ。ここにはおられません」

「……ではどこに?」

「御本家のお屋敷に」

「ほう……。本家の」

 弥十郎は、屋敷のなかのひと間に入った。忠三郎も続いている。

「末の姫様に会うと仰って」

「孝子様も府内にいらっしゃるのか?」

 上座に座った弥十郎は、左手に持っていた太刀を傍らに置いた。忠三郎は廊下に近い場所に陣取った。

「そのようです」

 大友宗麟の末娘は普段、父のいる臼杵で暮らしていると聞いていたため、弥十郎には意外だった。

「他になにか変わったことは?」

「はい、ございました」

「なんだ」

「大夫の留守を狙ったように、賊が立花山の屋形に押し入ったのです」

 弥十郎の眼光が、鋭さを増す。

「大殿は?」

「ご無事でございますが、手傷を負われました」

「で、ご容態は?」

「お命に別状はございませんが、静養の必要があると、医師が申しておりました」

「そうか……。いずれの手の者か……。目星は付いているのか?」

「仕留めた曲者くせものの持ち物から察するに、龍造寺ではないかと」

 忠三郎のんだ瞳が、きらりと光った。

「肥前の熊か……」

「おそらく」

 弥十郎は、庭先に植えてある沙羅樹しゃらのきを吐息まじりに見た。白い花弁が美しく、芳しい香りが鼻をくすぐった。

 府内の暑い夏は、もうそこまで来ている。

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