第17話 南郡衆の御曹司
誾千代は、戸次屋敷の
「
連貞は、行き先が当主義統のいる大友館ではないことに疑問を持った。
「御館様に会われるのではなく?」
「あのような愚か者、主とは思っていない」
「……されど」
「オヤジ殿はいざ知らず。わたしの忠誠の対象は、孝子様ただお一人だ」
大友宗麟の末娘孝子は、いま上原館に滞在していた。誾千代はそれを知っている。供は忠三郎でもいいが、普段から府内にいて他家と親睦のある
馬屋に留めていた黒鹿毛に乗ると、誾千代は
立花山屋形への襲撃の日に、天魔のような
道すがら、両脇に建ち並ぶ
それは大友氏の土台を支えてきた人々の生活の
彼らの生業も多種多様だ。鍛冶屋、傘張り師、桶屋、
誾千代は馬の速度を下げ、趣味で乗馬をするような速さにまでおとした。そして、道行く老若男女の姿を眺めた。
「博多とどちらがお好きか?」
これまで扈従し、寡黙であった荒武者が口をひらいた。
「ん……どちらかな……。幼いころはここで過ごしたこともある、愛着はあるよ。どちらも」
「この賑わいは、大友家中の誇りといえましょうな」
「……歴代の館の苦労は察する。だが、それは支配する側の見方だろ……。彼ら民人にしてみれば笑止だろう。視点を変えれば、これらの人々に支えられて大友家はあるということだ。そのことを忘れれば、身に災いを招くことになる……。
誾千代は白居易を口ずさみながら、そうあれかし、と痛切に願う。
(この方が、男児に生まれていてくれれば……)
連貞は、馬上の後姿をじっと見つめていた。
主従は、ふたたび馬に鞭を入れた。日本建築、特に仏教寺院とカトリック施設が同居している計画的な優れた町並みを抜けると、丘陵の裾が現われる。二人はそれを北上した。
坂道を駆けあがると、
門の前で止まった黒鹿毛の前に、連貞が馬をすすめた。
「御館の方々に申し上げる。これは戸次誾千代様でござる。わしは戸次家家中、
連貞の声におうじて、物見台に登ったのは、身分ありげな若武者だ。
こちらを見た。
「誠に、十時殿かっ!」
訪問者二人の面貌を確認している。正体不確かな輩に、この門扉をひらくわけにはいかない。
「おう。この
連貞が声を張り上げた。戦場で、敵を萎縮させるほどの蛮声である。
「確かに! 今開門致す。しばし待たれよ!」
若者は、
「あれは?」
「志賀家の御曹司でござる」
「あぁ……。右近の」
「左様」
誾千代は、あの若者に好感をもった。所作挙動落ち着いており、対応も物柔らか、が反面、瞳炯々と輝き、配下の武士たちも自然と心服しているのが伝わってきた。誾千代の炯眼、この若者の資質を鋭く看破した。
五年後、薩南の雄、島津の侵略に対してレジスタンスを組織してゲリラ戦を展開、崩壊した豊後で島津の大軍をさんざんに悩ませることになる。戦後、鎮西の驍将、島津義弘に『天正の楠木』と絶賛された。唐入りでの不名誉な撤退進言など、彼の才能に嫉妬した者の讒言にすぎない。ただし、誰の讒言であったのか。
「……そんな男がなぜここにいる?」
「御館様に近習として仕えていらしたのですが」
「いらした?」
「はっ……。いらした、のではございますが」
馬上、少女は苦笑する。
「言わずとも察しはつく。おおかた諫言でもしてあの愚か者の
「……そんなところでございます」
門が開き、あの若武者が迎えに出てきた。誾千代は馬からおりた。
「……出迎えご苦労です。わたしは戸次誾千代と申す者。本日は孝子様に拝謁を願うため
誾千代の低い声に、親次が応じる。
「仔細は、姫様より承っております。騎馬はわたくしどもにお任せあって、広間へ」
軽く目礼し、
「左様か。ではそうさせて頂く。孫右衛門、志賀殿の話し相手をして差し上げろ」
と言い残して、館の広間へ急いだ。
切れ長の目で一瞥しながら、
(役に立つ男のようだが……)
自分と姻戚関係をもつ男だが、二人は初対面である。誾千代は豊後の本貫地に帰ったことはないし、そこには、父道雪の猶子となり、豊後戸次氏を継いだ義兄がいる。が、その義兄とさえ幼い頃、一度府内で対面したことがあるだけなのだ。この若者は、義兄、
その若者、志賀親次の涼やかな笑みが、とおりすぎる誾千代の背中を追う。
玄関脇に、
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