第15話 国都府内
船が
そこは沖の浜と呼ばれる湊。南蛮(スペイン、ポルトガル)、ルソンとの貿易が盛んな国際貿易港である平戸、あるいは博多といった大都市とも取引している商人が居住しているため、幾つもの船が
弥十郎は、渡し場の土を
実に壮観だった。
近くでは、銀や
それらは、船着場に
昨夜の
弥十郎は
多様な国籍の人々が目に入ってくる。聞きなれない音調が入り混じった会話に耳を傾けた。南蛮の貿易商、明の船乗り、日本の侍、少し先にある
ここ府内は、中世を通して大友氏の
東西七百メートル、南北二千二百メートルの大都市。
北は海に面し、他の三方が山で囲まれたこの都市は、源頼朝が
ただし、南北は逆転し、南に奥深く街がつづく。
五千以上の家屋が軒を連ね、人口は数万に達している。
市街の中央に大友氏の
歩いていると、天に向かって高々とそびえる
南西の台地には
それは大友氏の別邸。南に伸びる丘陵の北端にひっそりと
あの台地から北を望めば、大海に面した府内の町が一望できる。どれほど爽快なことだろうか、と弥十郎はいつも思う。
大友館の白い壁を右手に見ながら、彼はさらに歩いた。
大路には、雨上がりの清潔な匂いが
次の辻を右に曲がれば、扇子や
弥十郎が
「元気にしていたか?
「倉田様!」
弥十郎は、この年若い奉公人に
「旦那様! 倉田様ですよ! 倉田様がいらっしゃいましたよ!」
弥十郎は笑顔で暖簾を分ける。圭助は、弥十郎の顔の変化に気付く間もなく
「よくおいでくださいました」
「ああ、
「⁉」
この店の妻女は、弥十郎の左眼を覆っている黒い帯を見て息を呑んだ。
「見ての通り片眼を失ったが、それほど不気味かな」
「……いえ、その……。かえって、
「世辞を言う必要はないよ」
「いえ……。お世辞ではございませんが、前より少し……恐ろしくなられたような……」
「それは困ったな」
弥十郎は苦笑した。
「倉田様。⁉」
座布団をもって現われた亭主も妻女と同じく絶句して茫然と立ち尽くした。
(会う人、会う人がこれでは……。この先が思い
と弥十郎は思った。
「……
「あ、ああ。はい。……ですが、どうして」
「いろいろあってな」
弥十郎は孝兵衛がくれた座布団に座り、編笠の紐をといた。
「内儀。
そう言って弥十郎は、妻女に
「これは……。なんと御礼を申し上げればいいのやら」
「よいのだ。遠慮せずに食ってくれれば……それが一番嬉しい」
妻女は、その竹葉を両手で
弥十郎は、編笠を店の板敷に置いた。
「ですが、そのお怪我は大丈夫なのでございますか?」
「そうだな……。まだ痛むが、慣れているからな。なんとかなるだろう」
「そんな、他人事のように……」
孝兵衛は、心配そうに弥十郎の左眼を覆う黒い帯を見ている。
傷口は直りきってはいなかった。黒色の帯の下にある
「孝兵衛、あの扇子を見せてくれないか」
弥十郎は、見世棚の
「あれですね、少々お待ちを」
孝兵衛は、立ちあがって扇子を取りに行き、弥十郎に渡した。
「なかなか良い品だな……」
弥十郎は扇子を開き、そこに描かれた
「それはもう、今を
「……そうだろうな」
「これをどうなさるおつもりで」
「……ある人に贈ろうと思っている」
弥十郎は描かれている
「またですか……。おなごの恨みほど恐ろしいものはないと申しますよ」
「
「それならいいんですけどねえ……」
孝兵衛は、冷ややかな視線を弥十郎に送った。
「どうした?」
「いいえ、なんでもございません」
孝兵衛は、弥十郎の
「
「
「……これは……。有り難い」
その帛紗の滑らかな手触りに、孝兵衛の篤実な真心を見る思いがした。弥十郎は扇子を閉じ、孝兵衛から渡された帛紗につつんで袖口から入れて
「話は変わるが、この頃この地で特に変わった噂などはなかったか?」
言った弥十郎の顔から穏やかさが消えた。
「……」
「あるのか」
孝兵衛は、一瞬首をすくめた。
「……ええ。まあ」
「聞かせてくれ」
「お館様のご行状が……」
「以前より悪くなったのか……」
「はい……」
大友宗麟は、五年前の天正四年に家督を嫡男の
その当主の行いが、はなはだ宜しくない、というのである。
「なんとかしてくださいませ」
「そうしてやりたいが、わたしは
弥十郎とて
(しかし、
そう思うと、大友家の行く末が危ぶまれた。
「わかった。道雪様に相談してみよう。今日のところはこれで失礼する」
「よしなに願いあげます」
弥十郎は暖簾を分けると、府内にある戸次屋敷に向かった。
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