第33話 松尾殿
立花山城――。
鎌倉幕府滅亡の三年前、元徳二(1330)年、大友氏の当主だった大友貞宗に次男がいた――立花
博多から丑寅、北東を望むと、三つの兄弟のようにならぶ山が、視界をさえぎる。最も南に位置するのがの
まさに壮観――当時この城を見た人々は、そう思ったはずである。それ以外にも廓が四つあり、計七つの廓が、山を覆うように、張りめぐらされていた。
九州でも有数の堅塞――。
その立花山城の中央にある松尾の丸廓。
池のなかでは、
とりどりの花は、松尾殿こと、
松尾岳にある広間に忠三郎の叔母を訪った誾千代は、年に数回、季節の変わり目に挨拶をする際、訪ねる。この未亡人がここにあがったとき、誾千代のしたことは、当時家臣の間でちょとした話題となった。
「過ぎし日のことが思い出されますね」
形のよい大きな瞳は、望まない女の武器。長い睫毛の下の
「
唇に手を当てて笑う継母。
「道雪様は、お元気にしていらして?」
色姫から、一瞬瞳がそれる。
「……ええ……ですが、父も、寄る年波……。あなたとの逢瀬は控えている……そう伝えてほしい、と。……そのつれづれを慰めるために、わたしを寄越したのでありましょう」
そういったあと、
「……お色殿……兄君が戦支度をしています、残念だ。信頼できる
会話の
(この
師僧を誅したという負い目が尾をひき、大波にも似た自責に襲われる。小袖打掛姿で対坐し、憂悶のなか自問瞑目する誾千代に、
「……わが身ひとつはもとの身にして……」
部屋の前面に広がるゆたかな夏景色、ふさわしい下の句を口にはしたが、色姫の瞳はそれに注がれていた。その心中を察してか、戸次道雪の妻妾は、観念したかのように、無防備な姿を女城督に晒した。
この継母は、『古今集』と『新古今集』に勅撰されたおよそ三千首、すべての和歌を諳んじていた。深い教養をそなえた人であった。
わたしと貴方の仲を裂こうとする者がいる。……これをどうすればよいでしょう?
政治のことはわかりません。ですが、わたくしの心は変わらない、周りがどう変わろうと……。なのに貴方まで変わってしまうのでしょうか? 悲しいことでございます……。
というほどの意味。
曇りのない瞳を誾千代に向けてきた。
常と変わらぬ穢れのない美しさだった。切れ長の
「海に……久しぶりに行ってみたく存じます。誾千代殿、今度、わたくしを海につれていってくださいませんか? 道雪様がお忙しいのであれば……」
誾千代に否やはない。
「今からでも、お連れして差し上げる」
「ほんとうに?」
「参りましょう」
「……」
この母は、今着ている衣裳を気にしているらしい。黒地の小袖に白地の腰巻姿であった。小袖には
「そのままで、十分美しい」
誾千代の低い声が、色姫の笑顔を誘う。妖美だった。
(……この微笑は男を殺すだろう)
少女は、立ち上がると、打掛を
「
儚く散りかけた命を密かに称美した。
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