第8話 梨花宗茂に見ゆ
白と赤の装束を纏い、黒鞘の
誾千代は老齢の
少女は微笑していた。
愛用の
まわりでは木々の若葉が芽吹きはじめていた。空気の澄んだ晩春の山は、
「山の新緑が歓迎してくれているようだな。忠三郎」
「たまには場所を替えてみるのもいいですね」
「先客がいるようですね」
「……の、ようだな」
誾千代は、本能的な不快感を持った。
すると、その集団から一騎の騎馬侍が馬に鞭を入れながらこちらに近づいてきた。家臣たちが主人を守るための態勢をとろうと馬をゆっくりと前進させる。
が、誾千代は手で制した。
近づいてくる武者に害意はないと判断したからだ。
「襲うつもりなら、一人では来ないさ」
近づいて来た男は、手前で馬をとめて下馬し、片膝をつけた。
「戸次誾千代様でいらせられますか?」
「そうだが」
「
「
誾千代は、その名をすでに道雪から聞かされていた。が、敢えて知らぬふりを決め込んだ。
(……老人め……
「
「ああ。そうなる」
その男は、少し困惑していた。
「弥七郎様は、貴方様の
「あぁ……思い出した。そう言えば、そんなことを言っていたな……。オヤジ殿は」
誾千代は、
「ご理解頂けたのならば、いざ」
「承知した……。
その男は馬に
高橋弥七郎の第一印象は、丸顔の童顔が特徴的な男というものだった。
誾千代は、その青年に愛馬アナトリアを寄せた。
「貴公が……高橋弥七郎か、父から話は聞いている。なかなか見所のある男だそうだな……。戸次誾千代だ、以後よしなに頼む。……ま、せいぜい励むといい」
誾千代はそう言うと、青年を
「なっ……」
(なんという奴だっ! あの女はっ!)
統虎は、いまだかつてこのような無礼な対応をされたことがなかった。
その少女は馬に足をくれて遠ざかっていく。
燃えるような緑が、彼女をつつんだ。
「見過ごせん!」
統虎は馬腹を蹴って少女を追いかけた。
純白の直垂と小袴に紅色の
茅や
当時、日本の武士が使用しているのは純日本産の木曽馬である。統虎がいかに武勇を誇っても、その不利を覆すことはできない。
ドラマやアニメ、漫画や映画では、あたかも日本では古来からサラブレッドが使用されていた、ような描かれ方をしているが、大嘘である。サラブレッドはこの当時、まだ地上に誕生すらしていない。
だから誾千代の青驪にくらべ、統虎の葦毛はあまりにも鈍重であった。
「ピっ」
少女の唾が草むらに飛ぶ。
「あの女っ!」
統虎の頭には完全に血が上ってしまっていた。
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