蛙錠

安良巻祐介

 近所の雑貨屋で、カエル錠が値下げされているのを見つけた。

 周防蟇種ということで仕入れたら、実はアマガエルだったのだという。

 店主は凹み薬缶のような頭をカンカンにして、業者へのクレエム電話をかけていた。

 ちょうど物置のカギが壊れていたのを思い出したので、そのみどり色に鈍く光る錠前を購入し、持ち帰った。

 新しい錠前は、古びた木の戸の真ん中にぶら下げられると、その小さい、びいどろ玉のような目玉をきゅろきゅろと蠢かし、ぎゅっぎゅっぎゅっと鳴いた。

 開化のころに大陸から商人たちが持ち込んだカエル錠の一番の利点は、どれだけ雨風に晒しても錆びない事であるが、一方で、時もかまわずこのようにうるさく鳴くので、最初に見込まれていたほどに流行りもせず、結局今では、古い雑貨屋や金物売りの台端でたまに見かけるくらいになってしまった。

 とはいえ、母屋から少し離れた物置、それも大したものも入っていない、がらくたの憩い場のようなものだから、今回はちょうどいい。

 蛙を飼いたいが、餌をやるのも世話するのも面倒くさいという、不心得者の無聊も慰めてくれるだろう。

 そう思って、時折聞こえて来るかすかなぎゅぎゅぎゅという鳴き声に耳をすませて和んだりしていたが、やがて仕事が忙しくなったこともあり、物置の方へ行くこともなくなって、すっかりカエル錠のことを忘れていた。

 そのままいくらか経ったある日、ふと思い出して久々に見に行ってみると、物置の戸の口から、錠前がなくなっている。

 どうやら、戸の掛け口部分が腐ったせいで、地面のどこかに落ちてしまったようだった。

 しゃがんでそこらを探していたら、雑草の間に、何やらぴかぴかした褐色の粒がいくつも落ちている事に気が付いた。

 何だろう、子どもの好きな贋鉄砲の弾だろうか、と思って拾ってみると、少し柔らかい。

 さらには、よくよく目を凝らすと、そのうちのいくつかは、形が変わっていて、尻尾の様なものと、目のようなものが生えている。

「卵だ……」

 合点がいって、思わずつぶやいた。

 自由を得たカエル錠が、産卵したらしい。

 とすると、これらの卵はおたまじゃくしとなり、やがてはカエル錠になるのだろう。

 思ったより厄介なことになった…と思いつつ、このまま放置するのも忍びないので、苦労してその辺り全ての卵を拾い集めると、母屋へと持ち帰って、籠へ入れ、育てることにした。

 結局、今、毎朝のぎゅぎゅぎゅの大合唱で起こされる日々を送っている。

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蛙錠 安良巻祐介 @aramaki88

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