第六話 まどろみ、よどみ。
【4/23(Sat) 13:27】
「一中って⋯⋯」
明治神宮至誠館第二弓道場内。二次予選までの結果が記された貼り紙の前で、文香は自身の不甲斐ない数字を口にしていた。四本射って一本的中。文香のいた百草Bチーム自体も、十二本中四本という結果に終わり準決勝に進むことも叶わなかった。
四十のチームが参加している今大会は、まず予選で十六チームまで絞られる。その後は準決勝にて八チームとなり、決勝トーナメントに進出する。五位以内に入れば関東大会出場だ。
「文香っ、Aチームの試合始まるよ」
「あ、うん。いま行くね」
いつまでも悲嘆にくれているわけにはいかない。呼びに来てくれた同学年の友人と、観客席へと駆け足で向かう。いまの文香にできることは応援だけだ。
あずさ含むAチームは二十四本中十四本という成績で決勝トーナメントに駒を進めていた。喜ばしいこと限りだがただひとつ、あずさが二本も外していたのが文香には疑問だった。
「あずさ先輩いつ戻ってきたの?」
「収集かかる五分前。先生の言う通り散歩してたんだって」
瞑想だろうか。お昼休みの間にふらりと姿を消したかと思えば、一時間もどこを歩いていたのだろう。一応顧問の宮原にはその旨を伝えていたようではあったが、部員一同は気が気じゃなかった。
矢道横に設けられた観客席の一角に百草高校弓道部は固まっていた。ちょうど射場には通過順位四位の百草Aチームと五位の団体が入場するところだった。空いている席に腰を下ろして行く末を見届ける覚悟をする。ここで勝てば関東大会だ。
「はじめ」
揖。本座から三歩進んで射位に着く。規定の所作に従い、淡々と進行していく。
大前が片居木あずさ。中が北野真弓。落が中島藍だ。
両チームの大前が会に到達した、さ、開戦の一射目――
「嘘っ」
ガッ、と鈍い音。枠を削った感触が空気を伝わって感じる。矢尻が的の中に留まっていれば中りだが、枠を貫通して外に出ていれば外れとなる。観客席からでは遠過ぎて判別がつかないため矢声を発することができない。
看的所の表示が×を示した。百草高校弓道部員から落胆の声が漏れる。
あずさの不調にペースを乱してか、続く北野も的の前方向に外した。この間にも対戦校は順調に二本的中させている。
落の中島にてようやくここで中りを得た。普段は口数少なく無感情で何を考えているかわからない先輩だが、味方の不調も敵の快調も意に介さないそのマイペースさが、いまは何よりありがたい。「よし!!」と精一杯の矢声を送る。
あずさが一瞬首を振ったのを捉えた。長いポニーテールがはらりと揺れる。普段と何一つ変わらないはずの射技、満ち満ちた引き分け、離れ、そして的中の音。さっきと何が違うのだろう。走り抜けた今度の矢は、的の正中を射抜いていた。
北野も的中させたが、今度は中島が外す。良い流れが途切れてしまったかと思いきや、三巡目では全員が的音を響かせた。現在六本対八本で百草高校が負けている。もう一本も外せない現状に、見ているだけの文香ですら手に汗が滲む。あの場所に立っているのが自分ならプレッシャーに押し潰されてしまうだろう。熱の籠った小さな手を口元で握り締め、何かに対して祈りを捧げる。そんな些細な存在は、一瞬にして塗り潰された。
「何、あれ」
あずさが射法八節を順に刻んでいく。観客の肌にも突き刺さるような極限まで満ちた集中力。端から見てもそれは、弓道場に突如として現れた異物だった。弓構えの段階で確信する。この射は必ず中ると。
彼女の存在感に魅せられて、この数秒間だけは、弓道場の誰もがあずさを注視していたと思う。
あずさだけが何か別のモノと戦っていた。
――怖い。
狂気にも似たそれに怯えて、文香の目は暗闇に逃げてしまっていた。瞼を閉じたことで、自分が息を止めていたことに気付く。吐き出された呼気には困惑の色が滲んでいた。
弦音と的音、そして歓声が鼓膜を揺さ振った。次に瞳を空けた時には、もうあずさは退場していく最中だった。経過した時間はたったの四分。夢現のような感覚に、生理的な涙が頬を伝った。
結果。四巡目は相手校も含めてあずさ以外の全員が外して、一本差で百草Aチームの敗退となった。
【13:36】
【16:21】
帰宅ラッシュに被らなかったお陰で、京王八王子行の電車内はゆとりがあった。百草高校が京王線の沿線に位置しているだけあって、百草園駅に近づくにつれ部員たちは次々と減っていく。試合に参加した部員は皆一様に疲労しているが、弓があるために座ることができない。
一年生にとっても今日は初めての体験に満ちていて、随分と疲れたことだろう。「先輩に遠慮せず座るがいい!」と言い切った北野部長に最初は委縮していたが、何人かは気持ちよさそうに船を漕いでしまっている。それを別に悪く言う先輩は一人もいないし、むしろ「後輩かわいー」などと言っている始末だ。
そんな三年生たちだが、
「ごめんっ! 途中からガタガタに崩れちゃってーっ」
「それは私も」
「まだインハイあるじゃない。そこ本命でしょ」
なんてわいわいと言い合って、「静かに」と宮原に窘められている。
その後の試合であずさは全て的中を納めたが、北野と中島の調子が乱れてしまい総合六位という結果となった。惜しくも関東大会行きを逃したのが余程悔しいのだろう。いつも以上に高まったテンションであずさと中島に絡みっぱなしだ。謝罪なのかじゃれているのか、もう分からない。
個人的中数ではあずさは総合二位だったが、関東大会都予選は団体戦のみ。八月下旬に都内だけの個人戦があるが、もう三年生に残された団体戦は六月の東京都総合体育大会しかない。
≪次はー、調布。調布。橋本方面はー、お乗り換えです≫
「じゃあ明日は男子の応援頑張るぞ!」
「それじゃ」
「お疲れさーん」
特急も止まる大きな駅だ。また人が多く減った。
危うく寝過ごしかけた一年生を笑って見送りながら、文香はドアが閉まるのをただ眺めていた。たった四本しか射ってないとは言え、文香もどこか神経をすり減らしていたのだろう。途端に眠気がこみ上げてきた。
頭が動いてなかったため気付くのに遅れたが、普段は調布乗り換えであるはずのあずさがまだに車内にいる。あずさの家は京王永山駅付近にあると聞いていたが、何故降りなかったのだろうか。なにやら宮原と二人だけで話をしている。
「――だったわ。片居木さん、インハイ予選までに落を想定して練習しましょう」
「必要ですか?」
「これは意識的な問題よ。分かってるでしょう。あなたが執着し――」
よく聞き取れない。二人の空気感がそれを許さない。しかし断片を聞く限り大方今日の振り返りだろう。内容が気になる気持ちはあるが、欠伸を噛み殺している内にどうでもよくなってしまった。
府中駅で宮原と別れ、その後聖蹟桜ヶ丘駅に到着。残った部員たちに挨拶を交わし、二人して降車する。百草園駅に急行は止まらないので文香はここで各駅停車待つ必要があるのだ。吹き荒ぶ冷気が制服のスカートを揺らす。惚けていた脳はホームに降りた途端に覚醒した。
「フミちゃんは百草園だったね」
「はい。乗り換えです」
「じゃ、また明日ね」
そう別れを告げてあずさは改札に向かう階段を下って行った。
毅然とした立ち姿はいつもと何も変わらない。関東大会出場を逃したとは言え、落ち込んでいる様子すらない。それなのに何故か、今日の彼女は最初からどこかおかしかった気がする。そう、試合が始まる前から。
各駅停車到着を知らせるアナウンスが鳴る。それに耳を傾けず文香は、あずさを追うために一歩を踏み出していた。
人波から突き抜けた弓が目印となったため、距離を空けられても見失うことはなかった。それにどこか、いつもより足取りが遅い。しきりにスマホで何かを確認している。その所為か後を追う文香に気付く気配は皆無だった。
あずさの足は京王バスターミナル内で止まった。そこへ都合よく永山駅行きのバスが停泊する。なんだ、いつもとルートを変えただけか。気まぐれで帰り道を変えることなんて文香だってよくやる。そう納得して、気付かれない内に退散しようと踵を返したその時だった。
「何やってんのかな君は」
「あっ」
弓道着が詰まったリュックを掴まれ、通行の邪魔にならない壁沿いまで連れられる。見上げればあずさの呆れ顔がそこにあった。
「先輩、いまのバスに乗ったんじゃ⋯⋯」
「いくら小さいと言えど、弓持ってたらそら気付くわ。そういうあなたこそ鈍行に乗り換えたんじゃなかったっけ?」
言葉に詰まる。しかし見つかった以上、観念するしかない。
「すみません、尾行してました⋯⋯」
「探偵向いてないよー、君」
「でも途中まで全く気付いてなかったですよね?」
「それは⋯⋯そうね」
気恥ずかしくなったのか、視線をそらして頬を掻く。なんともいえない雰囲気となった二人の背後では何台ものバスが往来を繰り返している。日が伸びたのでまだ明るいけれど、乗り込んでいく人たちは其々の家に帰るところなのだろう。
「⋯⋯アイスでも食べに行く?」
「え、今日寒くないですか?」
「いいじゃん、お疲れ様ってことで」
そう言って、文香の手を引いて歩きだした。久しぶりに触れた彼女の手は酷く冷たい。それとも自分の方が温かっただけか。
顔が火照っている感覚がしたので、アイスという提案は良いかもしれない。そんな思考が降って湧いた。
【16:45】
国道に沿って並ぶ街灯達を意味もなく眺める。一見等間隔で行儀の良いように見えるけれど、みんな細かな差異があるのだろう。そんな当たり前の事を口にすればまたあずさに笑われるので、頭の中だけにする。どうせ数十秒後には忘れているのだ。
訪れたのは聖蹟桜ヶ丘スクエアにあるアイスの有名なチェーン店だ。店内は狭いうえに親子連れの先客がいたので、外のベンチで雑談を交えながらポッピングシャワーを頬張る。弾けるキャンディの感触とミントの口当たりが目を覚ましてくれる。バスターミナルで何をしていたのか。何故あずさの跡をつけたのかにはお互いに触れないでいた。
だから、別のことを尋ねた。
「あずさ先輩は、弓を引くとき何を考えてますか?」
少し遠回しだったかもしれない。けれど文香は知りたかった。あの異質な集中力の根源に何があったのか。
あずさは間髪無く返してくれた。
「これが人生最後の行射でも、納得できるように」
レモンシャーベットを口に含みながら、あずさは平然と受け答えた。空になったカップを机に置く。食べ終えてしまったらしいその容器の中は、液体となったアイスさえ余すことなく平らげていた。
「乙矢がまだ残っててもですか?」
「当然」
「練習ででも?」
「弓道に練習も何もないでしょ」
そういう気概で一射一射を取り組んでいけという意味だとしても、練習ですら張り詰めた心持ちで挑まなければならないのであれば、いつかは弦切れを起こしてしまいそうだ。外面でしか理解が及ばないのは意識の差だろうか。
「だから今日はなんと情けないことかね。全部の立で一射目を外したのは悔やまれるなぁ」
「調子悪かったですよね。それでも二位ですけど⋯⋯」
「インハイ個人は一人しか行けないんだからそれじゃ意味ないでしょ」
あずさの一年生時は四位。二年生時は二位でインハイ出場を逃していた。
一位決定戦は『射詰』という形式で行われる。一本ずつ持って射位に立ち、外した者から退場していき、一人が残るまで延々と続けるといったものだ。当時のあずさは五射目で外し、他校の三年生に全国大会出場枠を譲る結果となった。それまでにあずさは一度も外しておらず総的中数ではトップであったが、的中を逃したタイミングが悪かった。
もしかしたらその経験から生まれた教訓なのかもしれないと文香は納得した。あずさは暇つぶしにか、鬱陶し気な前髪を弄っている。そんなに伸びてるのなら切ればいいのにと、最後の一口を掻き込みながらに思う。
そんなふたりの横を小学生中学年くらいの少女が通り抜けた。目指すはアイスのショーケースだ。ガラスに張りついているその姿に店員は優しい眼差しを向けている。数秒眺めてからまた来た道を戻り、お兄ちゃんと呼ぶ人影に飛びついた。
「ねぇアイス食べない!?」
「いや、今日寒いだろーに。お腹壊すぞ」
「ちゃんと鍛えてますから!」
「臓器はトレーニングできません」
気乗りしない兄の腕を力任せにに引っ張る妹。なんとも微笑ましい光景だこと。なんて温かい視線を送っていたら、兄と呼ばれた人物が、灯りに照らされてようやく見知った顔であることに気が付いた。
「あーっ!! 渡部君!」
「⋯⋯マジかよ」
まさか休日に出くわそうとは。その思いは文香も翔太も同じだろう。トレードマークだと勝手に思っている翔太の太眉が露骨に歪む。よくよく見れば童顔な顔のパーツがふたりともそっくりだ。
三人の顔を見比べて、知り合いという仲だと悟った少女は文香の下に駆けてきた。随分と人懐っこい子だ。
「妹さん? こんにちわー」
「こんにちわ!
背後であずさが吹き出した。翔太も顔を背けて笑いを堪えている。お前も誇れるほど身長高くないだろう、と小突いてやりたい気持ちは抑えて目の前の佳穂に受け答える。ちゃんと自己紹介してくれたのだから、ちゃんと返さねば失礼だ。お姉さんなら尚の事。
「ううん、高校二年生だよ。名前は松木文香、お兄ちゃんとは同じクラスなんだ」
「もしかしてカノジョですか!?」
「違う!」
人目も憚らずあずさは大爆笑した。流石に翔太もその後頭部を軽く指で弾いて制止させた。もうやめろと。
肝心の佳穂の興味は失せたのか、今度はあずさの横に居座っていた。わざわざ席を降りてまであずさは佳穂に視線の高さを合わせる。少しぼさぼさの頭を撫でつけながら、簡単に挨拶を交わしていた。
「佳穂ちゃん可愛いねぇ。私は片居木あずさ、二人の先輩よ。よろしくね?」
佳穂の大きな瞳が爛々と輝いている。口がわなわなと開閉を繰り返す。「どうしたの?」とあずさが尋ねると、佳穂は大きく声を張り上げた。
「めっちゃ綺麗な人ですね!!」
喉の奥で笑いが弾けた音がした。小さい子の無邪気さには、流石のあずさも敵いそうにない。
【16:57】
「よく似てるね」
「どこが?」
「目元と眉毛の辺り」
「ああー、言われる」
「性格は正反対って感じだけど」
対面に座るあずさと佳穂のやり取りを眺めながら、そんな言葉を翔太と交わす。あずさは弓道について何やら解説しているみたいだ。徒手で弓を引く素振りだけで佳穂は歓声を上げていた。その無垢な様子を見ていると、大会の拙い結果なんてどうでもよくなってくる。
「佳穂ちゃんスポーツやってるの?」
「フットサルを。ほら、屋上にクラブあるだろ?」
「あそこか」
着替えらしきものが詰められたバッグと、微かな汗の匂い。近場に水泳クラブがあるけれどそこでは汗なんて流れてしまうだろう。合点がいった。
佳穂の頬とか髪を撫で回しながら、あずさは変質者然としたにやけ顔を浮かべている。上機嫌もいいところだ。
「いやー、下の子って良いわぁ。可愛いわぁ羨ましいわぁ」
「ですねぇ」
「フミちゃんも弟いるじゃない」
「年近いし喧しいだけでなんの可愛げもありませんよ。⋯⋯背も高いし」
文香には中学三年生の弟がいる。一七九センチという高身長のバスケ馬鹿だ。文香の分の養分を吸い取って生まれてきたのではと常々思っている。部活終わりの汗まみれのシャツで座布団に寝転ぶのは断固やめて欲しいところだが、佳穂みたいな子なら別に構わない。
「⋯⋯いや、にしても小六⋯⋯」
「渡部、私意外と根に持つタイプだよ?」
横で思い出し笑いしていた翔太の足を、机の下で軽く蹴飛ばす。今日は送り迎えだけの為に外出しているのだろう。着古されたジーンズに無地のパーカー、加えて薄手のコートといった当たり障りのない恰好をしていた。文庫本か漫画でも買ったのだろう。大手古本屋のロゴが印字されたレジ袋を携えている。
「そういえばあずさ先輩はお兄さんが一人いるんでしたよね」
「そうそう」
「なんか妹ってキャラじゃないですよね」
「それ言ったら君もらしくないよ? ねぇ、お姉ちゃん?」
どうしてだろう。佳穂にお姉さんと呼ばれた時は胸が高鳴ったのに、この小馬鹿にされている感覚は。
あずさは家族のことをあまり語ろうとしないが、確か年子の兄がいたと記憶している。やはりあずさに似て顔立ちは整っているのだろうか。それとも成績優秀か。どんな大学に進んだのかしら。
そんな疑問を口にしようとした矢先、佳穂が翔太に向け身を乗り出してきた。いつの間にアイスを食べ終えたのか。机の上には空のカップが三つ仲良く並んでいる。
「お兄ちゃん! 弓道ってかっこいい!」
「そうかそうか」
「もー、ちゃんと聞いてよ」
適当に相槌を打つ兄に、佳穂は頬を膨らませる。現在小学四年生だそうだ。七年も遡らなければ同い年になれないとは時間はなんて残酷なのだろう。当時の自分が放課後や休日をどうやって過ごしていたか、よく覚えていない。佳穂みたいな運動なんて何もやってなかったのは確かだ。
「佳穂ちゃん、百草高校に来たら根掘り葉掘り教えてあげましょう」
「ホント!?」
「先輩、何回留年するつもりですか?」
「でもこんな可愛い後輩ができるならいいかなぁなんて」
でも、もう一年間同じ時を過ごせるなら、一度だけ留年してくれてもいいんですよ。そんな考えが過ったのは誰にも秘密だ。
「⋯⋯さて、もう帰るよ」
「えー! もっとお話ししてたいー!」
「夕飯の支度手伝う約束だろ? そろそろ
康介というのは弟の名前だろうか。佳穂は思いの他早く引き下がり、勢いよく立ち上がって三人分のカップを回収した。想定外の手際の良さに文香もあずさも反応が遅れる。普段から家の手伝いをよくしているのだろう。小走りでアイス屋店内のごみ箱にそれを廃棄してくると、今度は翔太の傍にべったりとくっついた。仲睦まじいその関係にほっこりする。
「ごめんねっ、私たちの分まで」
「ううん! 慣れたものですから!」
「ありがとう佳穂ちゃん。偉いねぇ」
感謝の辞を述べると、佳穂はまた相好を崩した。お持ち帰りしたい。しかしそれでは渡部家は困ってしまうだろう。
「それじゃお二方、また明後日の委員会で」
「またねー!」
そう別れを告げて、渡部兄妹は自転車置き場方面へ消えていった。存外家は近くなのかもしれない。ともすればまた会うこともあるだろう。
二人残された空間で、もはや何で試合終わりにアイスを頬張っていたかなんて疾うに忘れてしまっていた。辺りは随分と暗がり始めている。
「私たちも帰りますか」
「ですね」
先に腰を上げたあずさに続く。忘れないように、立て掛けておいた弓矢も回収する。いまが試合を終えた後だなんてどこか夢の話みたいだ。今日はあまりにも多くのことが起こり過ぎた。
文香の自宅近くを通るバスも聖蹟桜ヶ丘から出ているので、これを利用して帰ることにした。普段利用しないからどのバス停で待てばいいか分からない。やむなくスマホを取り出して検索する。文明の利器に感謝だ。
そんなことをしている間に、永山駅行のバスがターミナルに入ってきた。早急に「また明日」と告げたあずさは、一目散に駆けていった。乗車口に消えたその背中は、欠片の躊躇も感じさせなかった。
過去といまで、彼女の何が変わったというのだろうか。考えを巡らせても、とても答えは出てきそうになかった。
【17:33】
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