第5話
◆
私はスクリーンを出た。
フロントへ出ると、そこには種田さんがいた。
「お楽しみいただけましたか?」
私は無言のうちに映画館を後にして、夜の通りに出た。
雨交じりの雪が、しんしんと夜の街に降り始めていた。
歩いてると、コートにみぞれが染み込んでいく。
「母さん……」
失われた過去の記憶。
それが、私の頭の中に、じわりじわりと染み込んでいく。
記憶の中の母は、もうベッドにはいなかった。
母の笑顔。
母の温もり。
母の優しさ。
母の声。
母の面影が、母との記憶が、次々に蘇ってくる。
彼女は、彼女と私は、確かに親子だったのだ。
種田さんはあの映画の内容を知っていたのだろうか。
知っていて、私に声をかけたのだろうか。
路地に風が通る。
風の抜ける音は野太く、まるで獣か何かの雄叫びのように、私の鼓膜に染み渡る。
遠くから、種田さんの笑い声が聞こえた。
振り返ってみても、誰もいない。
濡れた道路。反射するネオンの光。
ギラギラと輝くあの夢芝居が、私を見送っていた。
あの映画を見た私がどうするのか。
きっと、あの老人ならわかっている。
もしかすれば、それがあの老人の狙いだったのではないか。
なんとなく、私はそう思った。
悪魔は、まだ塗りつぶせていない。
夢芝居 小宮山 写勒 @koko8181
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます