第5話



 私はスクリーンを出た。

 フロントへ出ると、そこには種田さんがいた。


「お楽しみいただけましたか?」


 私は無言のうちに映画館を後にして、夜の通りに出た。

 雨交じりの雪が、しんしんと夜の街に降り始めていた。

 歩いてると、コートにみぞれが染み込んでいく。


「母さん……」


 失われた過去の記憶。

 それが、私の頭の中に、じわりじわりと染み込んでいく。

 記憶の中の母は、もうベッドにはいなかった。


 母の笑顔。

 母の温もり。

 母の優しさ。

 母の声。


 母の面影が、母との記憶が、次々に蘇ってくる。


 彼女は、彼女と私は、確かに親子だったのだ。


 種田さんはあの映画の内容を知っていたのだろうか。

 知っていて、私に声をかけたのだろうか。


 路地に風が通る。

 風の抜ける音は野太く、まるで獣か何かの雄叫びのように、私の鼓膜に染み渡る。


 遠くから、種田さんの笑い声が聞こえた。

 振り返ってみても、誰もいない。

 濡れた道路。反射するネオンの光。

 ギラギラと輝くあの夢芝居が、私を見送っていた。


 あの映画を見た私がどうするのか。

 きっと、あの老人ならわかっている。


 もしかすれば、それがあの老人の狙いだったのではないか。


 なんとなく、私はそう思った。


 悪魔は、まだ塗りつぶせていない。

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夢芝居 小宮山 写勒 @koko8181

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