第2話


 いつからだろうか…貴方はどこかに行ってしまった。

 それまでは、悪夢に魘されたとか軽くぼやいていたのに…突然、私の前から姿を消した。


 貴方をいつもの交差点で待つ。でも来ない。電話をしたら『風邪』と短く返ってきた。そして切れる。


 お見舞いをしにいった。貴方はドア越しにしか話さない。苦痛そうに、苦しそうに、ただ、『風邪をうつしたくない』と。そう言った。

 分かっていた。貴方は風邪なんか引いていない。もっと何か…重大なことを私に隠している。でも、聞けなかった。


 何度か貴方の家を訪ねた。貴方のご両親を訪ねた。貴方の部屋の前に立った。

 でも…貴方に会うことはなかった。言葉も短くしか交わせなかった。何を聞いても、『元気か?』とか『交通事故に遭ってないか?』とかばっかり。

 私の質問には答えない。


 何度も貴方の部屋を開けようとした。貴方に会おうとした。会いたかった。


 だけど…貴方は大きな声で『来るなっ!』と…叫んだ。貴方のご両親がドア越しに貴方を叱ろうとする。

 お母さんが私に謝る。お父さんも部屋に入ろうとする。

 ただ…一喝。貴方の声が響いた。


 『会いたくない!』と。


 心に穴が空きそうだった。いや、空いた。

 涙が零れそうだった。いや、零れた。

 今まで私を支えた物が音を立てて崩れそ…崩れたのだ。有無を言わせず。


 それから、ご両親は私が貴方に会おうとするのを拒んだ。ただ、今まで通り、私と談笑したくれた。

 そう、だからきっとご両親は私を気遣ってくれているのだろう。貴方の所為で私が傷つくことを気にしてくれているのだろう。

 でも、会いたかった。例え傷ついても、貴方と話したかった。



 平日、貴方のご両親は共働きだ。

 心に空いた傷を涙で埋めて、貴方を訪ねた。心に決めていた。これで、最後にしようと。

 ドアの前に立つ。インターホンを鳴らす。そして…意味もなく、ただ私の思いを綴った。


 貴方はきっとドアにもたれて座っている。だから聞いてくれている。この私の思いを。

 ドアノブがカチャリ、と音を鳴らして少し回る。胸が高鳴る。


 でも…来た道を戻るようにドアノブが逆回転した。ため息が漏れてしまった。


 貴方が泣く。ただ、獣のように、そう感じた。ただ泣いているだけだった。

 …私は…もう貴方を訪ねなくなった。











 太陽が綺麗だ。蝉の声が五月蠅い。

 もう何年も経った。それでも…ふとしたとき、貴方と通った道を振り返って…そこに幼い頃の私達を浮かべる。


 公園で兄とアイスを交換して舐めていた。思えばこの公園も…貴方と何度も遊んだ場所だ。


 ふと顔を上げる…そこには…無精髭を生やして、ボサボサな髪で、眩しそうに目を細めて、でも私をしっかりと見つめる…。

 昔とは全く違う、けどその目だけは変わらない、貴方がいた。


 全ての音が消えた。


 足が動いた。一歩、貴方へ近づく。

 貴方も、私に一歩近づく。


 貴方の頬を涙が伝う。きっと私も、だ。


 音の消えた世界に、突然クラクションが割り込んできた。同時に五月蠅い蝉の声も戻ってくる。


 貴方が私を掴んで…突き飛ばした。よろめく視界の中…一台のトラックが…貴方に迫り、貴方は吹き飛んでいく様子が…。

 そう、様子が、見えた。


 立ち上がってすぐ、貴方に近寄る。貴方は血を頭から流していた。


 そんなことも気にしないで貴方は…かすれた、しわがれたような声で…クサい台詞を、何時か貴方が『ドラマでしか言わねぇよあんな台詞』ってぼやいた言葉を。

 辛そうに、でも満足げな笑みを浮かべて…。


 『君を守れてよかった』


 なんて…言った。

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