<5>
結局のところ、僕は誰かとの関係を長く続けられない。
自分が飽きてしまうこともあるし
向こうが離れてしまうこともある。
そうなっても執着することもなく
そんなもんか、とまた普段の生活に戻る。
普段の生活って何だろう。
原稿用紙の向こう側がリアルな世界で
今立っているここはなんだか現実感がない
そんな感覚で僕は生きてる気がする。
里香さんが僕のことを
本当はどうしたいと思っていたのか
ついに理解することはなかった。
一緒に散歩したり
彼女が絵を描くのを見ていたり
僕は一緒にいることが心地よかったし
気持ちいいこともたくさんしたし
僕にとっては何の問題もなかったが
僕が学生だということが
意外と彼女の中で大きかったらしいことはわかってた。
そしてある日突然それはやってきた。
激しいキス。
身体の芯が燃えるような
それはもう、今まで経験したことのない
魂が抜き取られるような
恐ろしい感覚…
そんな粘膜、体液の交換があった後だ。
「りょうくん…私ね…」
「うん?」
「夫が戻って来たいって言うの…許そうと思う」
「……」
「りょうくんがいてくれて嬉しかった」
別れはいつかはやってくるだろうとわかっていたけど
ちょっと待って。
旦那さんとよりを戻すだって?
「夫と息子がね。あの公園にひまわりを植えたのよ」
「地域の子供会のイベントで…。私は行けなくて、タネを植えているところ見てないんだ。それがあの子の最後の日だったのに…その日の午後に事故が…。私は友達と買い物に行ってて…夫はたまには行けよ俺が見るからって…」
堰を切るように彼女の口から言葉が溢れ出す。
そうか。
この夏僕が見ていた光景は
彼女の後悔と愛情のやり場のない発露だった。
行き場のない感情を何重にも画紙に塗り重ねていた。
その夏以来一体いくつの夏をそうやって過ごしていたのか。
僕はそんな話は聞きたくないし
知りたくはなかった。
「もちろん今咲いてるひまわりはその時のものじゃないけど…毎年植えられて毎年咲くの」
「私、描くのをやめられなかった」
「あなたを見たとき…大きくなったらりょうくんみたいになったかもって…バカみたいよね」
「でもりょうくんが…生きて息をしてるあなたが私に触れてくれたから…
それまで夢の中でぐるぐる回っていたのに現実に戻れた気がして」
少しずつ冷えてクリアになっていく声。
「霧が晴れたみたいに」
あなたは自分で始めて自分で決着させて
自分の世界に戻ったんだな。
そうなんだ。
僕がどう思うかは関係ないんだろう。
そうなんだろう?
「やり直したいんだ」
「りょうくんごめん」
「別に謝ることないよ。僕たち付き合ってたわけじゃないし。そうでしょう?」
彼女は少し笑って、そしてほっと息をついて
「そうね。べつに付き合ってたわけじゃない」
「私もう公園に行かない。ひまわりも描かないわ」
「そうだね。わかった」
僕は少しだけ視線をそらす。
「もう夏も終わるしね」
「そうね」
「ありがとう…りょうくん…本当に」
最後はキスもしなかった。
笑顔を向けて手を振っていた。
僕の目の前にいた
情熱に焼け焦がれたあの人はもうここにはいない。
そんなもんだよな。
女って。
彼女の家を出て空を見上げると
夏の終わりの抜けるような青だ。
「ああ」
僕は急に腑に落ちた。
彼女に必要だったのは心に重くへばりつくひまわりの黄色じゃなくて
この青い空だった。
僕は知らず知らずに正しいことを言っていた。
<了>
2019年12月
CHATO
ひまわり CHATO @chatoloud
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