to the sun

 地平線からは、陽の光がうっすらと見え始めていた。空は夜の青が朝日の赤に追いやられ、ゆっくりと赤と青の入り混じった色に染め上げられていく。


「あぁ。綺麗だ」


 ルージュは静かにそうつぶやく。陽の光の一筋がルージュの眼球に入った瞬間に視力を失った。見れたのはほんの一瞬だった。だが、その景色は彼女の長い長い人生で間違いなく最も美しいものだった。光が手のように彼女の髪を優しく撫でる。髪の色と陽の光が混ざり合い、ゆっくりと少女の体を灰にしていく。


「行ったか」


シウーが外壁から突き破った樹にしがみつきながら迷宮から這い出てくる。


「神代の十三『一雁高空』」


 呪文と共に一人の少女が空中に浮かびながら目の前にあらわれる。


「見つけましたよ。シウー」


 空中に浮かぶ少女は真っ赤な生地に金色の獅子が刺繍されたド派手なローブをまとっている。


「遅いんだけど。ヴィオレ」


「一体何があったんです?急に消えてびびりまくりましたわよ」


「最初は俺もわからんかったんだが、どうやらここの吸血鬼がこの世で最も邪悪なものを呼び出す魔導書を使ったらしい」


 シウーの説明で全てを察したらしい。


「あぁ、なるほど。まぁ、あなたのことですから心配はしてませんでしたけど」


「俺にはこの反魔術の力があるからな」


「また、そんなくだらない事を。反魔術なんて力は存在しません。わかってるでしょ?あなたのその力は…」「ルージュ様は…」


 いつの間にかザランガルドが二人の前にあらわれる。ヴィオレが臨戦態勢をとろうとするのをシウーが手で制する。


「そうか…もう…」


 ザランガルドは周囲を軽く見回しただけだ。二人の様子で察したのだろう。ヴィオレのマントに気づく。


「そのキマイラの刺繍…リンド家の者か。なるほど、お前が俺の魔術を知っているわけだ…殺せ」


「もう終わったんだ。何も死ぬ事はないだろ」


シウーの言葉にザランガルドは首を振る。


「わかっていないな。私は生まれながらに死んでいたんだ。魔術の才能などというくだらないものを持って生まれたせいでな…貴様もあの家の者ならわかるだろう?ヴィオレ・リンド」


「…」

 

 ヴィオレは何も答えない。


「下らないとか言うなよ。あんたは知らないだろうがリンド家の中じゃあんたは不世出の天才と言われてるんだぞ。少なくても一人の少女が目標にしてめっちゃ頑張るくらいには」


「やっ、やめてくださいよ。あたしは元から天才なだけです」


 ヴィオレが急いで否定する。


「随分と努力したようだな」


「は?あたしは天才です」


「意味のない虚勢はよせ。一目見れば相手の魔術の力量くらいわかる。才能のなさを相当無茶な修練でおぎなったはずだ。随分な努力をしたのだな」


 自分の目標から褒められてさっきまでの威勢が嘘のように黙り込む。


「貴様を憎めばいいのかそれともルージュ様の願いをかなえてくれて感謝をすべきなのか…お前は本当に不思議な男だなシウー…死ぬ前に知りたい。お前は一体何者なのだ?」


「俺はサタンだ」


 シウーが静かに答える。


「あの英雄の?本当なのか?」


「事実ですよ。この方こそ正真正銘の真の不死者です」


 ヴィオレが肯定するように頷く。


「最もこの地方はシがサ、ウがタ、伸ばす発音が詰まる音に訛るみたいでシウーがサタンになってたみたいだが」


「そうか…ルージュ様に出会った時わかったのだ。私はあの方の側にいるために生まれてきたのだと。あの方が私にとって暗闇の中のランプだったのだ。そして…ランプはもう消えてしまった…頼む。魔術ギルド第一位消滅のヴィオレ」


ヴィオレは黙ってラザンガルドの額に手をかざすと呪文を唱えはじめる。彼女が生み出した神代の四十八にはない独自の魔術、消去魔術だ。

かざされた手から小さな柔らかな光があらわれそれはやがてラザンガルドにうつり全身を暖かな光で満たす。

ラザンガルドは何も言わず黙って受け入れていた。やがて、肉は腐り落ち体は骨になりあるべき姿へと戻った。


「結局、本当に事は言いませんでしたね」


 ヴィオレの質問には答えず問い返す。


「なぁ。俺は死ねるのか?」


「そんなのわかってるでしょ?」


  寝かしつける前の子供に言い聞かせるように諭す。


「不可能ですよ。あなたはこの世で最も邪悪な存在神殺しなんですから」


「あなたは神から呪われた唯一の存在。かのお方がいずれ地上に戻られるその日まで永久に地上を彷徨わなくてならない。

それまで何物も貴方を損なう事は出来ない。この魔術師ギルド世界一位の消滅のヴィオレですら貴方の呪いは解けなかった。貴方を殺してくれるのは神の赦しのみ」


「人間の伝説はあてにならない…か」


 シウーは無意識のようにフィッシュアンドチップスの袋を探る。


「くそっ」


「その様子だと戦ったようですし、その時に失くしたのでは?」


「あ~腹減った」


「あったところであなたには味はわからないでしょう?何故そんなにこだわるのかわかりませんが、あなたの飢えが満たされることはないでしょう?何物もあなたを損なう事はできない。あなたは飢えているでしょう?乾いているでしょう?でも、それでも死ぬ事はない。そして、それが癒される事も永遠にない。永遠に飢え乾きながら地上を彷徨う…それがあなたの罰なのですから」


「さて、どうしますの?私はあなたについていきませんと」


「ついていく?監視だろ?」


「お忘れですか?それこそが我々人間が神から魔術を与えられた真の理由であり、魔術ギルドの本当の役割ですもの。かの偉大なるお方いずれ地上にお戻りになりあなたを赦すその日まで、あなたがこの地上を彷徨うのを付き従い監視する。

魔術ギルドはそのためにつくられた組織なのですから。そしてその秘密は代々魔術ギルドで第一位の座を得た魔術師のみがそれを知る事が許されるのです」


「で、歴代最高と言われてるのがヴィオレ・スレイブなんだろ。聞き飽きた。だけどな。先代のほうがお前より優れてたしいい女だったし、何だったらここにいた吸血鬼の方が100倍可愛かった」


「は?」


「死は灯りを消滅させる事ではない。夜明けが来たのでランプを消す事だ」


シウーは独り言のようにつぶやく。


「何です?」


「いや。俺のランプはいつ消えるのかね」


 



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to the sun 陸奥椅子夜 @enoone

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