第4話 夢を叶えた。

 樹が目を覚ますと、見慣れた天井が目に飛び込んできた。自身の店にある寝室のベッドに横になっていたようだ、と自分の状況を把握すると、

「夢だと思いたいな」

 と、ぽつりと呟いた。樹の服に付着していた既に乾ききって、変色している血液は先程のことは事実だと主張していた。

 トントントンと、階段を一段一段確かめながら降り、店へと入ると

「遅いぞ、樹」

「樹様、私エスプレッソというものを飲みたいです」

 と、カウンター席に座るグレゴールとカフナルが口々に話しかけた。

(夢じゃないな)

 と、胸の内に思い店員として客に接した。


「グレゴール様は何にされますか」


 ***


 カチャカチャ、とグレゴールにはコーヒーを、カフナルにはエスプレッソを出し、樹は疑問をぶつけた。

「あの、グレゴール様、人はどこにいるんですか」

 店の外には血痕も、人影も、話し声も、車が動く気配、何も無く静寂そのものだった。

 グレゴールは雑に、特に気にするようなことでもなし、と

「閉じ込めている」

 とだけ答え、

「樹、敬語はいらん」

 と付け加えた。

 粗雑な答えに満足いかない様子の樹を見て、カフナルが説明を付け加えた。

「樹様を飲み込んだ時のように我々のような不死族が身柄ごと確保する場合と、妖精族が幻を見せて、意識だけを奪ったりと様々な方法で抵抗出来ないようにしています」

 なるほど、と頷く樹の様子を伺いながらカフナルはさらに続けた。

「これらの人間にも、樹様に答えていただいた質問と同様のものを伺っています」

「俺にした質問?」

「ええ、【何ができるか】というやつです」

 言われてみるとそんな事を聞かれた、と思い出し、湧き水のように次々と浮かぶ疑問から一つだけを選択し、樹はカフナルに尋ねた。

「どうして、質問なんかしたんだ?」

 そのような問いが来るとは思っておらず、グレゴールも、カフナルも手を止めて、樹のことを興味深そうに見つめると、グレゴールが、重たく、口を開き語りだした。

「人ごとき殺そうと思えばすぐに殺せる。それほどに我々魔族とは差がある。だが、殺せるからと殺して奪うことは、ただの侵略だ。何よりも、あらゆる種族が入り交じり、生きていく、共に生きる道を選んだ者たちの集いが魔族だ。人間と言えど、1つの種族。容赦なく殺すことは我々の理想とはかけ離れている。そういったことを行えば、魔族の分離を引き起こす可能性もあった」

 淡々と、当然のことのように語るグレゴールに樹は胸を打たれた。樹の心にふと、父親の姿が思い浮かんだが、その姿を振り払い、会話に意識を向けた。

「その考えならもう少し言い方ってなかったのか?」

「というと?」

「いきなり現れた化け物に何が出来るとか聞かれたところで答えることの出来る人間なんて限られていると思うんだ」

「そのような対面にしたことには理由があります」

 と、閉じていた口をカフナルが開いた。

「我々は人に歩みよるために、あらゆる言語を学びました。時には、人を拉致して、また時には人に化けて社会というものを体験しました。しかし、人間を学ぶ際に最も役に立ったものは書物でした。あらゆる言語のあらゆる書物を読み漁りました。ズレが大きくならぬように、古代の書物は控え、現代の書物から言語を学びました。学ぶにつれて、内容が分かると、人間の書物の中に驚くべきものがあることに気づいてしまったのです」

『現代の書物』という言葉に嫌な予感を抱き、樹はカフナルから目を背け、下を向いた。そんな樹の様子を気にせず、カフナルはペラペラと語りだした。

「それは一人の人間が我々のいる世界にたどり着くものです」

(やっぱり?それで魔族を殺して強くなる?)

 樹は言葉を聞いた瞬間に、最近ハマっていた小説を思い出した。

「我々の世界に来る人間は勇者や賢者と呼ばれ、スライム族、野獣族、骸族などといった弱い種族を襲い、殺します。そうして武器などを整え、強くなると、特殊な攻撃をしてくるのです。彼らの目的は我々の魔族の絶滅。次第に強きものの一族に襲いかかります。その頃には既に手も足も出ないほどに彼らは強くなっており、軽々と竜族などを討ち取り、死体から服や武器を作るのです。そして再び同胞たちを殺すのです」

 恐ろしい.......と震えるカフナルを庇うように、グレゴールは「ここからは私が話そう」と、代わって語りだした。

「その書物の存在を知った時、魔族は全種族が、武器を取ることを唱えた。先に殺してしまえば良い、とな。だが、同時に、ごく稀に魔族とも関係を築き、共生する者や、反対に魔族へと身を移す者がいるという書物も見つけた。」

(うん.......あるね、最近。そういう系のやつ)

 樹は顔をあげる気にもならなかった。グレゴールは表情を変えずに語り続けた。

「そうして、我々は協議に協議を重ねた。全種族の意見を受け止め、まとめ、それぞれの種族の首長と語った。結果は半々だった。奇襲による殺戮、話し合いによる和解、これら二つの意見が衝突していた。そんな時、狒々族が述べたものが採用された。」

「狒々族?」

 樹が聞き慣れない言葉に疑問を唱えると、気にすることなく、グレゴールは答えた。

「巨大な猿のような一族だ。日本語では狒々と言うらしいからそう呼んでいる。狒々族は言った。こちらに来たものが勇者となるならば、我等が向こうの世界へと赴けば、人間は無力な一族だ、とな。それゆえ、我々魔族はこの世界へと、出てきた。そして狒々族の言ったように全ての人間を無力なままにし、命を握っている」

 珍しく、長々と話したために疲れたのか、一息つき、カップに、半分は残っているコーヒーを全て呷ると、

「さて、どうする」

 空になったカップを持ちながら、グレゴールは樹へ笑いかけた。

 読んでいる書物は物語で空想のものだ、ということを伝えるか否か悩んでいた樹は突如話を振られ、慌てながらも返した。

「どうするって何を?人間を解放するためにグレゴール様に挑んだところで勝てるはずないし、頼みの勇者様だってそちらの手中でしょう?」

 これだから人間は、とうんざりしたように頭を抱えグレゴールは言った。

「敵を殺すことを考えるな。樹は私が認めた人間だ。これからは良い関係を築きたい。盟友と呼べる関係にしていきたいのだ。全ての人間、とまではいかないが、親族、想い人、子供だけ、など一定の人間なら自由にしてやってもいい、と言っているのだ」

「.......グレゴール様、本当にいい人だな」

「継承はいらん。人ではなく魔族だ。さあ、再び聞くぞ。どうする、樹」

 カフナルとグレゴールがじっと樹を見つめ、返答を待った。樹もまた両者の目を見つめ返した。カフェ特有の調子のいいピアノが空気を震わせる。そして、樹が空気を震わせた。

「全ての人間を殺してくれ」

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夢を叶えたら、人類が滅んだ。 月灯 @tsukiakali

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