第5話 それぞれの道⑦

「あれから、そなたのことばかり思い出して……これは、つまり恋ではないかと。」

「え?」

 セルマは驚いた。何言ってるの、ランラン?違うよ、それは勘違いだ。ほら、よくある命の危険にさらされた時に出会った相手と恋だと錯覚するやつ、あれ何て言ったっけ。


「セルマよ、余の王妃となって、生涯余を支えてはくれまいか?」

 どうしてそこまで話が飛躍ひやくするんだか。これだから王子病は……いや、ランドルフは本当に王子様で、今は王様だった。

「恐れながら、陛下。」

 セルマは王の前に跪き、恭しく頭を垂れた。

「謹んで、お断り申し上げます。」

 そう言うと、その場を辞して、さっさと墓地に帰って行った。終わりよければ、すべて良し。


 とどのつまり、ランドルフは振られた訳だ。しかし、彼の体面をおもんばかっって、セルマが身分違みぶんちがいのため辞退じたいしたことになった。

 後に、どこをどう間違ったのか、この話は大幅に脚色されて、王と魔女の壮大な悲恋物語として語り継がれていった。セルマにとっては大変不本意なことである。


 ランラン、もといランドルフ王はその後もセルマに何度か求婚したが、その度にはぐらかされ続け、遂には諦めて適当な国の王女を妻に迎えた。二人が互いの肖像画と見比べて、詐欺だ、と思ったかどうかは伝わっていない。


 王はかなり、いい加減な性格だったにも関わらず、良き臣下に助けられ(仕事を押し付け)その治世は王国の黄金期と呼ばれた。在位五十年目に息子に王位を譲り、以後、悠々自適の老後を過ごした。子宝にも恵まれ、最期は子どもや孫、曾孫ひまご総勢百数名に見守られた大往生だいおうじょうであった。


 レイは墓地の騒動から十二年後、ゴルゴンを寿退職し、夫と共に鴉梟便という宅配業を営んでいる。家業はそこそこ繁盛模様だ。

 夫婦は一男一女をもうけ、それぞれ白鳥と黒鳥に変身できるらしい。仲良し家族の合い言葉は、もちろん「ねばもー」だ。


 幽霊のマデリンは今でも墓地にいて、もと通り再建された鐘を撞き続けている。。時折、昼間に現れては、墓守魔女とおしゃべりしたり、愚痴をこぼし合っている。


 セルマは数十年ほど、墓守を務めた後、新任の魔女に引き継ぎを済ませると、ジェイさんとフレッドを連れて、ふらりと旅に出た。

 行く先々で良くも悪くも数々の武勇伝を残し、やがて墓守の魔女セルマの名は伝説となった。しかし、それはまた別の物語である。


 そして、あのセイウチと大工……いや海馬と海神の行方を知る者は誰もいない。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

墓守魔女のバラッド たおり @taolizi9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ