名前を呼んで

雨世界

1 君のことが、大好きだよ。

 名前を呼んで


 プロローグ


 名前を呼んで。……大声で、叫んで。


 本編


 君のことが、大好きだよ。


「今日、一緒に帰らない?」

 ある日の学校帰りの時間に、あなたは私にそう言った。

「うん。別にいいよ」

 私はあなたにそう返事をした。


 それから私たちは二人で一緒に学校から帰ることになった。教室の学級委員の仕事を一緒に、放課後に二人で残ってやっていたから、ほかに生徒の姿は見えない。


 私たち二人だけの時間だ。


「最近、なにしているの?」

「なにって?」

「はまってることとか。好きなこととかさ。そういうこと」空を見ながら、あなたは言う。

 空は曇り。

 そろそろ雨が降り出しそうな天気だった。

 

 天気予報は朝から曇り、ときどき雨。

 今のところ。雨は降り出していないけど、私もあなたもちゃんと傘を持っていた。赤色の傘と青色の傘だ。


「別にないよ。いつも通り。普通」私は言う。

「そっか」あなたは言う。

「そっちは、なにかはまってることとかあるの?」私は言う。

「別にないな。でも、強いて言うなら、……学級委員の仕事かな? やってみると結構面白い」私を見て、あなたは言う。

「そうかな?」私は言う。

「うん。結構楽しい」あなたは言う。


 なんだかそう言われてみると、楽しい、と言われてみれば楽しいかもしれない。と私は思った。(普段と違うことができるし、学校行事に関わることは結構楽しいことかもしれない。いろいろと自分たちで決められることも多いし)


「なあ、一つ聞いていいかな?」

「なに?」


「今、好きな人とかいるの?」

「え?」


 それから、私は思わず、無言になる。

 あなたも、照れくさそうな顔をして、ずっと黙っている。


「……いないよ」私は言う。

「誰も?」

「うん」

 私は言う。


「僕のことも?」あなたは言う。

「え?」

 私は言う。


 それから、私はようやく、今、あなたに恋の告白をされているのだということに気がついて、その顔を真っ赤にした。


「僕のこと、どう思っている?」

「どうって、……別に、その、えっと」私は言う。


「嫌い?」

「嫌いじゃない」私は言う。


「じゃあ好き?」

「……好き」


 あなたは足を止める。

 私もあなたと同じように、道路の端っこで足を止めた。


 そのとき、空から、ぽつぽつと雨が降ってきた。

 雨だ。

 傘をささなきゃいけない。と私は思った。

 でも、あなたは傘をさそうとはしなかった。だから私も、傘をささないままでいた。


「君のことが好きだよ」あなたは言った。

 とても真剣な顔をして、私に向かってそう言った。


「……私も、あなたのことが好きです」

 私は言った。


 それは嘘ではなかった。

 だって私が学級委員に立候補をしたのは、あなたが学級委員をやることが先に決まっていたからだった。


「よかった」にっこりと笑ってあなたは言った。

 それからあなたは思い出したように、「あ、雨だ」と降り出した雨を見て、それから自分の傘をさした。


「雨。降ってきたね」私の頭の上に傘を動かしながら、あなたは言った。

「うん。降ってきた」

 私はあなたの傘の下で、自分の傘をさした。


 私が傘をさすと、あなたは自分の傘を自分の頭の上に戻した。


 それから私たちは、また足を動かして帰り道の上を歩き始めた。


「明日もさ。一緒に帰ってもいいかな?」

 その途中であなたが言った。


「……うん。いいよ」

 赤い傘の下で、私は言った。


 薄暗い夕方の世界には、小降りの雨が降っていた。


 私たちはしばらくの間、その雨の降る音を聞きながら、学校帰りの道を、お互いに傘をさしながら、二人っきりで歩いた。


 それは私とあなたが小学校六年生のころの思い出だった。


 それは私の初めての恋だった。


 ……その小雨の降る帰り道、私はずっと我慢していたけど、本当はあなたの名前を大声で叫びたいくらいに、すごく嬉しかった。その場であなたと一緒に踊りだしたいくらいに、本当に幸せだった。私は絶対にそのことを言わないから、きっと、あなたはずっと、そのことを、一生、知らないままだろうけど……。


「どうかしたの?」

 笑顔を我慢している私を見て、あなたは言う。

「秘密。なんでもないよ」結局、にっこりと笑って、私は言った。


 名前を呼んで 終わり

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名前を呼んで 雨世界 @amesekai

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