『戦友(とも)よ自由をつかめ』と彼らは願った

 私たちのその傍らで、じっと見守ってくれているもうひとりの人物がいた。

 エルセイ少尉たちの上司であり警備部隊の大隊長を務める上級侯族の人物、リザラム大佐だ。

 老境をかさねて身につけた落ち着いた雰囲気を伴いながら彼は進み出た。


「お急ぎを、そろそろ人が参ります」


 その忠告を私は素直に聞き入れた。


「ありがとうございます。承知いたしました」


 私のその感謝の言葉を耳にしながらも、リザラム大佐は部下たるエルセイたちにも告げる。


「お前たちは今夜ここで見聞きしたことを誰にも口外するな」

「はっ!」


 隊員たちに言い含めると、大佐は数歩進み出る。そして、左手のオイルランプを手に馬車の中へと明かりをかざした。

 馬車の中、座席の背もたれの上ほどには、とある紋章が飾られている。

 

――人民のために戦杖を掲げる男女神の紋章像――

 

 金の女神と銀の男神がミスリル銀の杖状の一本の武具を左右から支えている構図で、私の実家であるモーデンハイム家本家を象徴するシンボルだった。

 オイルランプの光が、ルタンゴトコート姿のユーダイムお爺様を照らしている。

 車上からお爺様は語りかけた。

 

「職務中、横車を押すようですまない。リザラム候」

 

 だがリザラム大佐は言う。


「お気になさらず。それよりも、ご令孫の旅のご無事をお祈り申し上げます」


〝ご令孫〟とは高貴なる人の孫を指し示して言うための尊敬語だ。私も感謝を述べた。

 

「かたじけありません。リザラム候」

 

 だがリザラム候は顔を左右に振った。

 

「我々は何も見ていません。ここは誰も通っていない」


 そして彼はすべてを覆い隠すかのように、オイルランプに付いているシャッターのレバーを操作して光を消した。


――シャッ――


 小気味よい金属音が鳴る。

 

「お急ぎください。騎馬による定期巡回も動いています」


 さらにエルセイ少尉も助言してくれる。


「このまま中央街路を北進するのではなく東の二番環道を迂回したほうが良いでしょう。あちらは商業地域へと向かう夜間の荷馬車が通りますので紛れるには好都合かと存じます」

「重ね重ね、ご厚情痛み入ります」


 私のお礼の言葉にリザラム大佐は言った。


「礼はいい。お急ぎなさい」


 その声に促されるように馬車に戻り窓を開ける。窓から顔を見せる私にエルセイ少尉は言った。


「エライア、馬車から降りたら一刻も早く市街地から外へと出ることだけを考えろ。人目につかない郊外へと逃れることを目指すんだ。夜間でも主要街道なら安全に歩くことができるだろう。そして、北部都市へと向かえ」

「北部都市? イベルタルですね?」

「そうだ。商業都市として大きく発展しているし、外国人の流入も多い。モーデンハイム本家の追手から逃げるお前が、身元を隠していても職を得られるはずだ」

「はい」

「それから、くれぐれも怪しい生業の者たちに絡め取られられるなよ」

「ありがとうございます。ご配慮痛み入ります」


 そして別れの時を前にしてエルセイ少尉は強く告げる。私の心に残る強い言葉を。


「エライア、俺達は同士だ。どんなに離れていても信じ合う仲間だ」


 その言葉に他の隊員さんたちも頷いていた。長い時を同じ学び舎の下で切磋琢磨しあったのは嘘ではないのだから。


「気をつけてな」

「縁があったらまた会おう」

「ともに轡を並べた戦友として!」


――パシッ――


 馭者が馬にムチを振るい馬車を走らせる。動き出した馬車の窓から外の光景を垣間見ていた。

 そこには、リザラム大佐とエルセイ少尉たちが並んでが軍隊式の敬礼で私を見送ってくれている。万感の思いを込めて。


「ありがとう、みんな」


 だが、その感謝の言葉は届くことはない。

 再び走り出した馬車の中、お爺様が語りかけてくる。

 

「良い戦友ともを持ったな」

「はい、とても、とても素敵な戦友たちです」


 軍学校でともに学んだ学友、幾度も指導鞭撻を受けた先輩。懐かしい思い出が脳裏をよぎっていた。

 それは郷愁よりも、勇気となり私を奮い立たせた。そして、不安な気持ちが少しだけやわらいでくれた。

 

「ユーダイムお爺様」

「なんだね?」

「お母様にも、くれぐれもお詫び申し上げてください」


 伏し目がちに語る私の頭をお爺様はそっと撫でてくれた。


「気に病むな。これは致し方ない事だ。私も2度目の悲劇は御免だ」


 2度目の悲劇、その意味が痛いほどにわかる。


「お前はお前の道を行きなさい。お前ならきっと自分だけの道を切り開けるはずだ!」

「はい」 

「エライア、お前は悪くない」


 その言葉が私が胸の中にかかえる心の痛みを少しだけ和らげてくれるのだった。

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