墓参 ―兄マルフォスの墓―
私はそれから一週間ほど、極力誰とも会わずに一人で過ごしていた。悲しみに打ちひしがれるというより、これから自分がどう振る舞うべきか心の底からじっくりと考えたくなったからだ。
そして私が最後に立ち寄ったのが『マルフォス兄様の墓所』だった。
私の父親の脅威が去ってから、それまで墓所すらなかったお兄様だったが、ユーダイムお爺様をはじめとする様々な人達の手により素敵な墓所が設けられることとなった。
軍人墓地の片隅、軍学校生徒が志半ばにして命を落とした時に葬られる特別な墓所がある。そこにお兄様のお墓がある。
私はセルテスを伴いながら、そこへと向かう。
墓所入り口に馬車を止めて花束を手に降り立つと、傍らに控えるセルテスにこう告げた。
「ここで待ってて」
「承知いたしました。ごゆっくり」
「ありがとう」
私は一人きり――、いいえ、お兄様と二人きりになるためにそこへと向かう。
その向かった先にあるのは白い御影石で作られた2本のオベリスクのような柱とその二つを繋ぐようにそびえている青く輝くガラスブロック製のプレートだった。
ガラスブロックの青い輝きがお兄様の魂を表しているような気がした。
そこには金色の金属レリーフでこう記されてあった。
――モーデンハイム家、本家嫡男――
――マルファス・フォン・モーデンハイム――
――ここに眠る――
私は片膝をついてお墓に花束を添えると、そっと語りかける。
「お久しぶりですお兄様」
無論、お墓の中からはお兄様の声は返ってこない。それでもお兄様の意志が伝わってくるような気がする。
「2年間、私はずっと自分の居場所と自由を探し求めてあちこち放浪していました。途中何度も困難に会いました。死地に瀕したのは一度や二度ではありません。何度、諦めようと思ったかわかりません」
私は自分の胸の中に溜め込んでいた思いを余すところなく打ち明けた。
「それでも耐え忍んだ甲斐あって、素敵な仲間や友人や恩師にも会えました。私の背中を見守り励まして、ここぞという時に押してくれる恩人もいます。2年前に旅立った意味はありました。そして今、一つの答えを見つけました」
その時そっとやさしい風が吹いた。その風に答えるように私は告げた。
「私は〝エライア・フォン・モーデンハイム〟――モーデンハイム家の息女です。そして、私は〝職業傭兵〟です」
一瞬、風が止む。私はほんの少し間をおいてお兄様へ告げた。
「お爺様が現当主として復帰した今、憂いは何もありません。私は私の道を行こうと思います」
はるか遠くの山あいで雷が鳴った。その残響が微かに耳に届いて、また静けさが帰ってくる。
私は言う。自らの決意を形にするために。
「私は職業傭兵に復帰します。そして、モーデンハイム本家から離れて旅立とうと思います」
その時強く風が吹いた。私の決意を後押しするかのように。2年前にお兄様の肖像画に寂しく別れを告げた時の記憶がふいに蘇った。でも今は違う。
「2年前は誰にも祝福されない、いつ帰れると分からない旅立ちでした。ですが、今は違います。お爺様やお母様、お兄様との家族の絆を胸に私は私の人生を行こうと思います。また、しばらくお会いできなくなりますがどうかお許しください」
それまで私の頭上を綿雲が流れるように何度も過ぎ去っていた。そして今、その雲の隙間から太陽の光が降り注いでいる。お兄様のガラス製の墓石の後ろから差し込んだ光が乱反射して眩しく輝いていた。
それはまさにお兄様の意思を伝えてくれているかのようだった。
「ありがとうございます。それでは行って参ります」
立ち上がり、静かに会釈する。そして私は馬車へと戻っていく。
馬車では、セルテスが佇んだまま私を待ってくれていた。お兄様への挨拶を済ませて戻ってきた私に気づいて彼は声をかけてきた。
「お嬢様。お疲れ様です」
そんな彼に私は言う。
「セルテスもお迎えご苦労様です。あなたに一つ、お願いがあるの」
「なんでございましょうか?」
不思議がるようにしている彼に私は言った。
「私が以前身につけていた黒い傭兵装束を用意してほしいの。出来れば同じ仕立てで新調して」
セルテスの表情が一瞬固まった。私が傭兵装束を求めることの意味を即座に理解したからだ。でも彼は平静を装いながら言う。
「武器はいかがなさいましょうか?」
「武器職人のシミレアさんをお呼びしてちょうだい。
「承知いたしました。速やかに手配させていただきます」
そして一呼吸おいて彼は私に尋ねてきた。
「大旦那様や奥方様にはいかがお伝えいたしましょうか?」
「今日の夜、私自身の口でお伝えするわ」
「かしこまりました」
私はセルテスに伝え終えて馬車へと乗り込む。車窓からお兄様の墓石をじっと見つめていた。でも、二度と会えない今生の別れじゃない。機会があればまた会える。
私はモーデンハイムの本家へと戻って行ったのだった。
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