ルストとしての意思 ―新調された傭兵装束―
それから帰宅した後、皆と夕食をとる。今ならアルセラも居る。
食事中の団らんの時間。大きなダイニングテーブルを挟んで何気ない会話が続く。その日あったこと、明日のこと、世の中の話題。肩の力の抜けた何気ない楽しいおしゃべりが続いた。
食事を終えると場所を移してリビングへと移る。大きなソファーの並んだ暖炉のある部屋。私とアルセラとお爺様とお母様、食事の後にみんなでこの部屋に集まるのがここ最近の日課になっていた。
だがその日は私だけ少し遅れてリビングへと現れた。そして、すでにその部屋でくつろいでいたお爺様たちに私はこう切り出したのだ。
「お爺様、お母様、そしてアルセラ。みんなに大切な話があるの」
その言葉にすぐに返事は返ってこなかった。驚きの表情はない。困惑が漂っている。少ししてお爺様がこう切り替えしてくれる。
「何事かね? エライア」
お母様もアルセラも私の方をじっと見つめてくれている。私は意を決して自らの信念を打ち明けた。
「私は、職業傭兵の職務に復帰しようと思います」
再び沈黙が流れる。その時の皆の表情は三者三様、それぞれに違うものだった。
アルセラは驚きとともに素直に寂しさを表情に浮かべていた。
ミライルお母様は静かに微笑んだままじっと私の方を見つめてくれている。すでに覚悟ができていたかのように。
ユーダイムお爺様は真剣な表情で私の言葉を聞いてくれていた。そしてはっきりと頷いてくれた。
お爺様が言う。
「そうか。ようやく決心したのか」
お母様も言う。
「お行きなさい。それがあなたの選んだ道なら」
お母様は立ち上がると私の方へと歩いてくる。そして、私の手を握りしめて言葉を続けた。
「あなたがこの2年間の間で積み上げたたくさんの足跡は、あなた自身だけのものではなくなっていました。私は分かっていました。あなたの旅立ちを待っている人があまりにもたくさんいるということを」
そして一滴、涙を流しながらお母様は言う。
「どうして、あなたの決意と旅立ちを止めることができましょうか」
「お母様」
私もお母様をじっと見つめた。そんな私をお母様は抱きしめてくれる。
「でも、2年前と違うことはひとつだけあるわよね」
「はい」
お母様が何を言おうとしてるのかわかる。私はそれを言葉にする。
「わたしはいつでもこの家に帰ってくることができます」
お母様が頷く。お爺様も頷く。アルセラも頷いてくれた。そしてお母様はこう言ったのだ。
「時々、顔を見せに戻ってきて頂戴」
「はい、必ず」
そして再び、お母様は私をしっかりと抱きしめた。
「私の可愛い子」
「お母様」
「愛してますよ。胸を張って、あなたの人生をお行きなさい」
私もお母様をしっかりと抱きしめ返した。
「ありがとうございます」
思えばこの人は何があっても私を信じてくれていた。あの元の父親の権力があまりにも強すぎて誰も何も言えなかった時でも、お母様は沈黙こそ守っていたが私の事を信じて、私を救うチャンスは必ず見つかると信じて、ひたすら耐えて待ってくれていたのだ。
私は心の底から、この人の娘でよかったと思えたのだった。
その翌日から、旅立ちの準備が始まった。
まずはセルテスに頼んでおいた傭兵装束が出来上がってくる。
ロングのスカートジャケットとボレロジャケット、その上に着るコートに、足にはブーツ。髪の乱れを防ぐカチューシャに、中に着るのは白いボタンシャツ。腰に巻くウエストポーチベルト。
それら、これまでの衣装一式の他に、黒い革手袋も用意された。
セルテスは言う。
「これまでのご衣装と見てくれは同じですが、素材は最高のもの吟味させて頂きました。革素材は最高の耐久性のものを使用、さらにスカートジャケットやボレロには防刃用の網鋼線を要所要所に仕込みました。製法を工夫することにより、重量は以前より軽量になっております」
私はこれを試着した。侍女たちの手を借りずに自分自身で。
これから先は私自身の手で行わなければならないのだ。
「うん。とてもいいわ。以前より動きやすい。それにゴワゴワしない。それにこの手袋、とても使いやすいわね、素手で触ってるのと変わらない感じよ」
「はい。指先の繊細な感覚を素手同様に伝えられる作りにいたしました、耐久性もありますのでお仕事に差し支えないかと」
「見事ね。さすがだわ」
私もその感謝の言葉にセルテスは恭しく頭を下げた。
「もったいないお言葉、身に余る光栄です」
その謙遜の返事がいかにも彼らしいと思うのだ。
そしてそれから、武器職人のシミレアさんもほどなくしてやってきてくれた。
以前には実用的なパーツを外して、本来の歴史的な装飾のスタイルに戻してもらったのだが、今回は逆のプロセスで、実用目的のパーツへと各部を換装してもらうことになる。全てを分解し、打頭部以外をシミレアさんに造ってもらったものに置き換える。当然、打頭部にはあの偽装カバーが取り付けられた。
ドレッサールームの片隅で私はシミレアさんと二人きりで向かい合っていた。彼の正確な仕事ぶりをじっと見つめながら仕上がりを待った。作業時間は1時間に届かないくらい。
組み上がった武器を私の方へと差し出しながら彼は言った。
「できたぞ」
仕上がった武器を受け取りながら私は言う。
「ありがとうございます」
受け取るなり試しに軽く振り回してみる。バランスはとてもよく相変わらずの良質な使い心地だった。
「とても具合いいです。バランスも見事だし、使っていて不安のところも感じられません」
「よし、問題はないようだな。いつも通り外している部品は俺が預かる。また必要が出たらばいつでも来い」
「はい!」
「それじゃ俺はブレンデッドに戻っているぞ」
そして、シミレアさんは謝礼を受け取ると静かに去っていった。またこれから仕事のたびに彼の世話になるのだ。
職業傭兵として活動する際の名義もエルスト・ターナーに戻ることになった。職業傭兵ギルドのトマリ総帥に指摘されたように、今度は私の別名として名乗ることになる。そして、しばらくの間またエライア・フォン・モーデンハイムの名は秘する事になるのだ。
すべての準備は終わった。
そう、私がエルスト・ターナーとして旅立つ準備が終わったのだ。
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