歓迎の馬車行列 ―祝福の花びら舞う道で―
祝福の花びらが風で舞い踊る中を6頭立ての御用馬車に乗り込むと、精霊崇参大聖堂の大ドームを出て正面通路を馬車で行く。
周囲の建物の窓から祝福の花びらが大量に放たれていた。心地よい風が横薙ぎに吹いている。花びらはその風に乗って馬車の周囲を舞っている。
道路沿いから声がかけられている。祝福の声が幾重も。
馬車の窓をそっと開けてそこから手を振る。道路沿いで見守る人々が、手を振り返してくれていた。
プロアが言う。
「大歓迎だな」
セルテスが言う。
「ええ、当然でしょう。そもそも、この国は他国における王族のような国家元首がいません。自然に十三上級候族の家系にまつわる祝賀行事の一切は、他国における王族階級の祝賀行事に匹敵する国民行事になります」
するとアルセラが謙遜して言う。
「でも、ワルアイユ家はそこまで大きい家格ではありません」
だが、セルテスは言った。
「いえ。そういうわけにはいかないのです」
不思議そうに聞いているアルセラにセルテスは語る。
「今回、アルセラ候がワルアイユ領を引き継ぐにあたり、モーデンハイム家が後見人として関わることになったわけですが、これは同時にワルアイユ家がモーデンハイム家の一族として列せられる事になったということでもあるのです」
私はそれを分かりやすく伝える。
「つまりモーデンハイム家が同席している以上、ワルアイユ家の祝賀行事であると同時に、モーデンハイム家の祝賀行事でもあるのよ」
そしてプロアも言った。
「それにだ、西方国境の防衛戦を勝利に導いたルストが後見人代理として一緒に参加している。必然的に周囲の祝賀ムードも盛り上がるってもんさ。見に来るなって言うのがそもそも無理ってもんだぜ」
そこまで聞かされてアルセラは納得したかのようだった。
「そういう事なのですね、よくわかりました」
そう答えるのと同時にアルセラは何か思いついたらしい。
「セルテス様、歓待式が始まるまでは少し時間ありますわよね?」
「はい。多少の余裕の時間はございます」
私はアルセラが何を言おうとしているのかすぐにわかった。
「少し遠回りして、見物している人たちに顔見せをしようっていうのね?」
「はい。これだけ祝福していただけるのであれば挨拶くらいはしても失礼にはあたらないと思いまして」
その言葉にセルテスはこう答えた。
「実は、この後のルートは歓待式会場に直行するか、市街地内を練り歩くか、そのどちらを選んでも良いように準備させて頂いております」
アルセラが嬉しそうにしながら言う。
「では、街中を回る順路でお願いします!」
「承知いたしました。少々お待ちを」
そう答えると懐中時計を取り出して現在時刻を確かめる。そしてそこから逆算した余裕時間を考慮して、馭者席に通じる小窓を開けて馭者に何かを話しかけていた。
そしてすぐにこちらに向き直るとこう答えた。
「正面道路をこのまま真っ直ぐ向かいます。都市環道を一本外れて大回りいたします」
「ありがとうございます」
アルセラがそう答えるのと同時に、本来ならば左折しなければならない場所をそのまま直進した。道沿いに並んだギャラリーがさらに歓声を上げているのが分かる。
私はアルセラにこう促した。
「ほら手を振って! みんな待ってるわよ!」
左右の窓を開けて私とアルセラで大きく手を振る。左右の道路沿いに並んだ観衆たちが歓声を上げて手を振っている。
それらの人々の中から声がする。
「新領主様万歳!」
「おめでとうございます!」
「ワルアイユ領ご継承おめでとう!」
祝福の声もあれば、
「
フェンデリオルならではの民族の掛け声も飛び交っていた。
6頭立ての馬車が行く中で、精霊神殿の鐘の音が至る所で鳴っていた。
それはまさに〝栄光の時〟
万感の思いの中で人々が喜びと祝福の言葉を送り届けてくれる。
栄光に包まれた中で私たちは馬車を走らせたのだった。
† † †
それから、オルレア中心市街区を少しばかり私たちは練り歩いた。オルレアの街の中をぐるりと取り囲んでいる7重の環状道路の一つを遠回りに回る。
沿道沿いに集まった人々が送ってくれる賛辞の掛け声の中で私とアルセラは人々に笑顔を振りまきながら窓越しに手を振った。
6頭立て馬車の前と後ろには警護役の衛兵の駆る馬が前に4頭、後ろに4頭、並んでいる。
それらを含んだ私たちの馬列はいよいよ歓待式会場へと向けて左へと舵を切った。
向かうのは精霊崇参大聖堂付属の歓遇館で、大聖堂正面道路の東側に付属するように設けられている。大聖堂ホールで儀式が一通り行われた後、速やかに移動できるように作られているのだ。
私たちが一旦外に出て馬車に乗ったのは、儀礼的な意味とやはり一般の参列者の人々に姿を見せると言う意味もあったのだ。
それもまた高い地位にある者の義務と言えるのではないだろうか。
大聖堂の裏手に近い通路の方はそれほど人々の喧騒は集まっていない。街路の要所要所で神殿警備の衛兵の人たちが警備にあたってくれている。
彼らの誘導を受けながら、私たちは歓遇館正面入り口へとたどり着いたのだった。
そこでも、式典進行役の人々が待機してくれていた。
6頭立ての御用馬車が停められ乗り降り扉が開かれる。タラップが開かれ、その両側に再び3人3人の計6人でボリュームのある衣装を身にまとったアルセラの乗り降りを補助してくれていた。
セルテスがアルセラの、プロアが私の、それぞれのエスコート役となって歓待式会場へと案内してもらっう。そこで拝命式に列席した参列者の皆様たちと祝杯をあげることになるのだ。
でもまあ、ここから先はサクッと割愛する。
なぜって?
それは、ただ単純に同じことの繰り返しだからだ。
やってることはワルアイユ領での祝勝会と、私の帰還歓迎会とを、合わせてさらに倍にしたくらいの規模になる。
挨拶して乾杯して、後はひたすら挨拶回りにお礼の言葉を述べて歩き回るしかないのだ。何か変わり映えすることがあるわけではなし、ここまで来ると嬉しいという気持ちよりも、義務的な方が強くなりすぎて、面倒という気持ちの方がどうしても先に立つ。
形式的に繰り返される『おめでとうございます』と『ありがとうございます』と言う言葉の応酬。それが連綿と延々と続くのだ。
楽しいはずがない。
それでも一切手は抜けない。集まっているのは今までとは格も数も格段に上になるのだから。
国家最高意思決定機関・賢人会議の議員の方々や、政府諸組織の重要官僚、上級候族の当主夫妻、友好同盟諸国の大使や領事官、正規軍の元帥クラスや将軍格、さらには商業で大成功を収めている大実業家や財閥クラスの人たち、様々な業界団体のトップの人たちもいる。さらには大学の総長や学長、有名な学者の姿も見える。はては、オルレアでも一・二を争う歌手や俳優といった芸能人の姿もあった。
以前の私の帰還歓迎会の時よりも、集まっている人数もその家柄も比べ物にならないくらいよりハイレベルなのだ。
質も量もよりより大掛かりとなった歓待式に臨んで、私は音を上げそうになるアルセラを補佐し励ましながら、それから2時間を乗り切ったのだった。
はっきり言おう。
ドレスがとてつもなく重かった。
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