領主拝命式Ⅶ ―ノルト候の言葉と、旅立ちの祝福―

 頃合いを見てノルト候が再び宣言する。


「静粛に! これより2つの書状と3つの宝具を新領主に授与にする!」


 そこに現れたのは、5人の式典進行役と彼らが抱える五つの銀の盆だった。そこに乗せられているのは2枚の書状と3つの宝具。いずれも領主という身分を表すとても価値あるものだった。


 一つ、領主拝命証、

 一つ、ワルアイユ家の紋章である三重円環が掘られた銀盤鏡、

 一つ、市民義勇兵を象徴するアララギの木の儀礼戦杖、

 一つ、正規軍人と職業傭兵を象徴するミスリル鋼の儀礼牙剣、

 そして最後が、支配領地の法的な支配権を証明する登記証書だ。


 これらが厳かにノルト候からアルセラへと一つ一つ手渡され、正式にワルアイユ家所有のものとして取り扱われることとなる。

 渡された5点の宝は別途用意されたワゴンテーブル乗せられ、然るべき場所へと移されて厳重に保管されることとなる。

 そして、高らかに宣言するのは今度はアルセラの番だった。


「只今、新領主の証たる5点の宝、たしかに拝領いたしました」


 そして私とアルセラは二人同時に恭しく頭を垂れて謝意をノルト候へと表したのだった。

 格段の威厳を持って領主拝命式を取り仕切っていたノルト候だったが、一通りの儀式を終えたことで、その表情を一変させることとなる。

 全ての手続きが滞りなく終わったことによって、自らと周囲に対して厳格さを課す必要が終わりを告げたためだ。


 それまでとは打って変わった穏やかな表情と、女神のごとき美しさで私たちへと微笑みかけてきたのだ。それは異例なことだ。儀式が終われば儀式長であるノルト候は速やかに立ち去るのが常であったからだ。

 役目を持つ者と言うのは、往々にしてその役目としての自分と、己自身本来の自分を、使い分けることがよくある。それはまさにノルト候の儀式長としての自分と、本来の彼女自身の違いそのものにほかならなかった。

 ノルト候は役目を抜きにしてアルセラへと語りかけようとしていた。


「アルセラ候、あなたにお教えしたいことがあります」

「はい」


 アルセラは戸惑いつつもノルト候の言葉にじっと耳を傾けようとしていた。


「あなたが今回、新領主となられた理由の中にお父上のご逝去の件がお有りなのは私もよく存じております」

「はい」


 お父親のことを語られたことで憂いるような表情を浮かべたアルセラだった。だがそんな彼女にノルト候はこう語りかけたのだった。


「ですがあなたにこれだけは覚えておいてほしいのです」

「はい」

「人の命は目には見えなくなっても失われるということはないのです」


 それは、儀式長と言う人の営みの節目節目に出会うことの多い役目を受けているからこそ口にできる言葉だったのだ。その言葉に驚きの表情浮かべているアルセラに対してノルト候はなおも告げた。


「人の命は巡ります。死という節目をくぐり抜けて、あらたな生を得てこの世界のどこかで再び巡るのです。そう、未来永劫――」

「この世界のどこかで」


 アルセラのつぶやきにノルト候ははっきりと頷いていた。


「これから先、あなたの人生の中でその魂と出会うことがあるでしょう。その時のためにも、あなたは強くあらねばなりません。そして先祖代々守られてきた、かのワルアイユの地を皆と手を携えながらこれを手堅く守って行かねばなりません」

「はい」


 ノルト候の言葉にアルセラはひとつひとつ頷いていた。そして彼女はアルセラに語った。


「あなたのお父様は巡る輪廻のその先であなたを見守っていらっしゃいますよ。強く生きてください」


 それはとても強い言葉だった。そしてアルセラに生きる力を与えてくれる言葉だった。


「ノルト候、ありがとうございます」


 笑みを浮かべてそう答えるアルセラにノルト候は頷いていたのだった。


 私が二人のやり取りを微笑ましく見ていると、ノルト候は私の方にも歩み寄ってきた。彼女は私に語りかけてきた。


「エライア嬢」

「はい」

「あなたにも、申し上げたいことがあります」


 ノルト候は私の顔を真剣な表情で見つめながら言葉を紡ぎ始めた。


「あなたは今、とてつもなく大きく重要な人生の岐路に立たされているはずです。怒涛のように日々目まぐるしく出来事が通り過ぎ、多くの人からたくさんの言葉が寄せられているはずです」

「はい。おっしゃるとおりです」


 私はその言葉に頷いた。だが彼女は言う。


「どの道をどう選んだら良いのか日々どんなに考えても答えは出てこないと思います。悩み苦しんでいることでしょう。ですが迷う必要はありません」


 そしてノルト候の力強い言葉が私へと響いた。


「あなた自身の〝魂〟が呼ぶ方へと歩みを進めていけば良いのです」


 私は思わず呟いた。


「魂の呼ぶほうへ――」


 ノルト候は静かに笑っていた。


「私があなたにお伝えしたい言葉はそれだけです」


 そして改めて私とアルセラ、二人に視線を投げかけながら彼女はこう告げたのだった。


「二人のこれからの人生に精霊の祝福がもたらされること心よりご祈念しております」


 そう言葉を残してノルト候は姿を消していった。

 耳に心地よい鈴の音を鳴り響かせながら……

 その時今まさに私の心の中で何かが音を立ててハマったような気がしたのだった。


 

 拝命式は終わりを告げ歓待式へと移る。

 ここから長い時間をかけて、集まった来賓の人達と挨拶をひたすらかわし続けることとなる。たかが挨拶、されど挨拶だ、領主としてやっていくためには人と人とのつながりは大切なものとなる。いわゆる〝顔つなぎ〟が重要になっていくのだ。


 式典進行役の一人が来賓たちに向けて大声で宣言した。


「お集まりのみなさま方に申し上げます! 領主拝命式はこれにて一旦終了となります。事前に申し上げた手順の通り、別席にて祝杯をあげるための歓待式へと移らせていただきます! 主賓であるアルセラ候退出お見送りの後に、速やかにご移動願います!」


 そう宣言されてアルセラと私は元来た方向へと体を向ける。そして、式典進行役が高らかに告げたのだ。


「新領主! アルセラ・ミラ・ワルアイユ候! 後見人代理! エライア・フォン・モーデンハイム嬢! ご退出なられます! 皆さま祝福をもってお見送り願います!」


 その宣言とともに私たちは再びエスコート役の二人に導かれて歩き出した。先をアルセラが歩き、その後を私が続く。

 大聖堂の中を歩き、大広場で停車している御用馬車へと向かう。その間終始、人々の祝福の拍手は鳴り止まなかった。


「おめでとう!」


 不意に若い女性の大きな声がかけられた。それは聞き慣れた声だった。

 そちらの方に視線を向ければレミチカたちが並んで私たちに手を振っていた。声をかけてくれたのはチヲだったようだ。


 彼女たちが発した声が呼び水となる。

 人々から次々に祝福の声が溢れ出した。

 道行く先には二人の儀仗官見習いが私たちを先導して祝福の花びらを周囲に撒きながら歩いて行く。


「おめでとう!」

「新領主様おめでとう!」


 祝福の言葉が溢れ、さらには大聖堂へとつながる正面道路左右の建物の窓から一般参列者の人々が次々に顔を出した。

 そしてそこからも、祝福の花びらが大量に撒き散らされ始めたのだ。


「すごい!」


 驚きの声を漏らすアルセラに私は言った。


「ええ、みんながあなたの門出を祝福してくれてるわ」

「はい!」


 そして私は彼女へと告げた。


「行きましょう。これから始まる新たなる日々へと」

「はいっ!」


 アルセラの希望に満ちた力強い声が聞こえてきた。

 6頭立ての御用馬車に乗り込むと、祝福の花びらが風で舞い踊る中を歓待式会場へと向かったのだった。

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