領主拝命式Ⅵ ―拝命式―

 崇参大聖堂をその中心へと向けてひたすら歩いて行く。突き当たりには4大精霊を祀る大伽藍の祭壇がある。

 その祭壇の手前大聖堂の中央のあたり。そこに私たちは誘導されると、そこで待つように促される。さあいよいよ領主拝命式の始まりの頃合いだ。


 楽団の演奏が止み、あたりは静寂につつまれる。

 その後に、拝命式会場に鳴り響いたのは鈴の音だった。

 フェンデリオル正教の儀仗官が持つ4連の鈴。二人の儀仗官がそれを鳴らしながら、一人の女性を先導していた。

 ステンドグラスの天窓越しに外からの光が飛び込む大聖堂ドームの下で足音も静かに、祭壇脇の通路から歩いてくるのは領主拝命式を取り仕切る儀式長を兼務する、紋章管理局局長の人物だった。

 フェンデリオル最高意思決定機関・賢人会議、その参与の一人で、上級侯族十三家の一つアルコダール家の女性当主であるその人〝ノルト・マイラ・アルコダール候〟だ。

 身長は高く6ファルド(180センチ以上)はあるだろう。床に届くほどの見事なまでの長い金髪の持ち主だ。精霊のような人間離れした美貌の持ち主と言う噂に違わぬ美しさだった。

 衣装は私たちと同じフェーアハゥト。色は金色で、足元は編み上げのサンダル履きだった。身にまとっているのはドレスではない。淡い金色のとてつもなく長い布地を巧みに体に巻きつけるトーガと言う衣装だ。

 今では失われた古い文化のものらしいが、こうした儀礼式典の儀式の際には特別な役目を持った人が身に付けるものとして今なお継承されているのだという。

 頭にはウールで出来た純白の紐が巻きつけられ髪型を整えていた。

 その両手には一本の戦杖が携えられている。純白の白木で作られた儀式儀礼用の戦杖だ。

 儀礼用の鈴の音が響く中を彼女は歩いてくる。そして、祭壇前にたどり着くと拝命式開催が宣言された。


「これより、ノルト・マイラ・アルコダールの名において、アルセラ・ミラ・ワルアイユ候のワルアイユ領領主拝命式を執り行う」


 澄んだ空の中を鳥の鳴き声が鳴り響くかのような美しい声が聞こえる。彼女は続ける。

 まずは拝命式主賓の確認だ。


「新領主拝命者、アルセラ・ミラ・ワルアイユ!」


 アルセラの名前が高らかに宣言される。あらかじめ教えられた手順通りにアルセラは力強く答えた。


「アルセラ・ミラ・ワルアイユ! ここに!」


 そしてもう一人、


「後見人代理、エライア・フォン・モーデンハイム!」


 私の名前も高らかに告げられる。私もそれに応えた。


「エライア・フォン・モーデンハイム! ここに!」


 私の返事を受けてノルト候は再び宣言した。


「よろしい! 参加者2名の名前を確かに確認した」


 そして新たな指示が下る。


「アルセラ候、前へ!」


 エスコート役であるセルテスに手を引かれてしずしずと前へと進み出る。静寂の中、この場に居合わせる全ての人々の視線がアルセラの方へと一気に集中していた。

 だが、アルセラは一切ひるむことがなかった。背筋をまっすぐに伸ばしその姿勢は全く乱れることなく、候族領主に相応しい見事な振る舞いで、儀式長であるノルト候の直前へと進み出たのだ。

 私は内心思う。


「アルセラ、成長したわね」


 思えばワルアイユでの祝勝杯の時に姿勢がどうしても直らず猫背を治すことに苦心惨憺したことが思い出されてくる。だが彼女もあれから自力で練習をしたのだろう、背中に支えの棒を入れる〝未熟者の杖〟を施すことなくごく自然にまっすぐの姿勢をとっていた。

 ノルト候がアルセラに問いかける。


「あらためて、そなたの意思を問う! アルセラ・ミラ・ワルアイユ候! 自領であるワルアイユ領を前領主たるバルワラ・ミラ・ワルアイユ候より継承し、次期領主として着任する意思に相違ないか?!」


 女性とは思えない力強い声が響く。その声に応えるのはもちろんアルセラだ。


「次期領主継承の意思に、これに相違ありません!」


 式場に響いたのはアルセラの力強く凛とした声だった。鐘の音が鳴り響くかのようなその声は大聖堂のドームの空間の中で残響を伴って鳴り響いていた。


「相違ないこと、ここに認めます」


 さらにノルト候の言葉が続く。


「次いで、エライア嬢、前へ!」

「はい!」


 私は返答の言葉を述べるとプロアに手を引かれて前へと進み出る。そして、アルセラの左隣に並ぶように毅然として立った。


「あらためて、そなたの意思を問う。エライア・フォン・モーデンハイム嬢! エライア候の新領主拝命にともなって、そなたの所属するモーデンハイム家が、ワルアイユ家の正統後継人として就任し、ワルアイユ領の運営と維持にこれに協力し支援を続けていく意思に相違ないか?」


 その問いかけに私は答えた。


「モーデンハイム本家当主代理、及び、後見人代理として、ワルアイユ領への支援と領主後見人として今後も関わりを続けていくことの意思に相違がないことをここに誓います!」


 私がそう唱えれば、ノルト候は高らかに答えた。


「相違ないこと、ここに認めます」


 そして、ノルト候は周囲の人々に向けて力強く宣言する。


「今ここに4大精霊の名のもとに、アルセラ・ミラ・ワルアイユ候をワルアイユ領の新領主として、エライア・フォン・モーデンハイム嬢をその後見人代理として認めるものとする!」


 その宣言とともに式典進行役の中の一人が木製の背表紙の証書綴を持参してきた。黒く塗られた漆張りで、いかにも荘厳そうな趣があった。それを二人がかりで開くとそこにはこう記された書類があったのだ。


――領主就任・執行宣誓書――


 それすなわち、それにサインすることによって、フェンデリオルの国家政府が発した領主就任の勅命を受け入れそれに同意したことを公式に記録することにほかならないのだ。

 式典進行役のもう一人が立ったまま書くための書台を用意する。そこに領主就任の執行宣誓書が置かれ、さらには羽ペンが用意された。

 一人の式典執行役が羽ペンを差し出す中、ノルト候はこう命じる。


「領主就任に最終同意をするのであれば、そこに署名をしなさい」

「はい!」


 アルセラは羽ペンを受け取り宣誓書に歩み寄ってその最下段の署名欄に自らの名前を記した。そしてその右側に候族一人一人に決められている花押を書き記した。

 まずはアルセラの署名が終わる。次に呼ばれたのは私だ。


「エライア嬢も後見人代理としてこれに同意するのであれば執行宣言書に署名をしなさい」

「はい」


 私はアルセラから羽ペンを受け取ると、彼女の真下の段に自らの名前を記した。無論、私の署名であることを証明するための花押を書き添えて。

 アルセラと私、二人の署名が完了し執行宣言書は完成する。この書類は紋章管理局で厳重に保管されワルアイユ領継承の正当なる証拠として効力を発揮することになるのだ。

 執行宣言書が書類綴ごと回収され、それがノルト候により確認される。


「確かに、ここに偽りなく両名による署名がなされたことを確認しそれを宣言いたします!」


 そして彼女は高らかに告げた。


「本拝命式に参列する者たちに告ぐ。この署名に異議ある者は、有りや無しや? 異議なき者は沈黙をもって応えられたし」


 つまりはそれが領主拝命への最終同意確認だった。当然ながら異論は出ない。皆が沈黙をもってこれに同意したのだった。


「この度の領主拝命は認められたものとする! 皆の者は祝福を!!」


 祝福――、その宣言と同時に同席していた複数の儀仗官が4大精霊を意味する四連の聖なる鈴を鳴らした。それと同時に大聖堂に居合わせた参列者たち全員が一斉に祝福の拍手を送ったのだった。

 割れんばかりの拍手が鳴り響き、この晴れの門出を祝う祝福の言葉が大いに飛び交った。祝福の言葉と拍手は大聖堂の中でいつまでも響いていた。

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