領主拝命式Ⅴ ―大聖堂大広場、ささやく参列者たち―
そして馬車は再び大聖堂の正面道路へと差し掛かる。馬車は左へと曲がり、いよいよ正面道路を大聖堂へと向けて走り始めた。
ドーム型の大聖堂の正面には4大精霊の彫像を祀った大広場がある。一年を通じて人通りがあり、参拝客にも人気のある場所だ。そして、その大広場へとつながる正面道路があり、それらの周囲には大聖堂に付属する建物が立ち並んでいる。私たちが拝命式を終えたあとの歓待式を行う大広間のある
馬車が向かう先に、大広場が見える。そしてそこに、領主拝命式の主賓である私たちを迎える儀式衛兵たちの姿もあった。
蒼色の軍装に身を包んだ特別な職業傭兵の一団で、2級以上の資格を持つ職業傭兵から選抜されていると言う。別名蒼衣傭兵とも言われている。
100名近くが大広場で大広場の外周に沿うように輪を作っており、彼らが作る輪の中へと6頭立ての馬車は厳かに侵入していく。
正面道路左右には一般参拝客が、大広場には拝命式に参列する招待客が、6頭立て馬車に乗車しているであろう私たちを一目見ようと列をなして並んでいたのだ。
人々の視線が集まる中、アルセラは緊張を隠せなかった。そんな彼女を励まそうと私は彼女の手をしっかりと握った。
「お姉さま?」
「アルセラ」
私が話しかけたその一言が彼女の緊張と震えを速やかに治めて行った。
「お姉さま、ありがとうございます」
「アルセラ。大丈夫よ。怖がることは何もないんだから」
「はい」
アルセラは私へと全幅の信頼を置いていた。その私が語りかける一言一言が彼女の勇気と行動力の源となっているのだ。だからこそだ、今回の領主拝命式で後見人としてユーダイムお爺様ではなく、私がその代理としてアルセラに同行することとなったのだ。
馬車はいよいよ大広場へと侵入して行った。馬車は一度、左へと舵を切ると円を描くように緩やかに右へと進路を変える。そして左手に蒼衣傭兵たちを眺めながら、馬車は大聖堂入口正面へと横付けするように静かに停車したのだった。
正面入り口に控えている数名の紋章管理局の式典進行役が馬車へと速やかに歩み寄ってくる。そして、馬車のタラップを展開させ、乗車扉を開いてくれる。
そして、タラップの両側には片側3名ずつ計6名が、私たちが降りてくるのを待っている。
まず先に降りるのはアルセラだった。
速やかに立ち上がり、エスコート役のセルテスを伴いながら、ゆっくりと降りていく。
着ているのはボリュームのあるフェーアハゥトドレス。布地の分量もたっぷりあるので降りる際には補助が必要となる。馬車の周囲に集まった6人はそのための人々でもあるのだ。
アルセラが地面に降り立つとその後からセルテスが降り立ちアルセラの傍らに寄り添う。セルテスが差し出した左ひじにアルセラが右手ですがった。
次に降りるのは私。アルセラのフェーアハゥトドレスよりはボリュームは少なめに作られているので自分一人でなんとか降りれる。すぐ後ろをプロアが追い、私の傍に並び肘と腕を組んで私をエスコートしてくれる。
アルセラと私、それぞれに準備は終わりいよいよ式場へと入場する運びとなる。
6人居る式典進行役の一人が高らかに告げた。
「領主拝命式、主賓! アルセラ・ミラ・ワルアイユ候! 並びに、後見人代理! エライア・フォン・モーデンハイム嬢! ご到着!」
その宣言は注目を一気に集めた。
歓声と拍手が鳴り響く。時代の趨勢だろうか、遠くで写真を撮る際のマグネシウム光が複数迸っているのが分かる。
「あれは?」
私のつぶやきにプロアが答えた。
「報道の新聞記者たちだろう。写真から印刷用の
「すごいわね」
時代は変わっていく。明日になればこの時の光景も多くの人々に知られることになるだろう。
進行役がさらに唱えた。
「これより、ご両名ご入場とおなりになられます! 格段の配慮とご歓待を持ってお迎えください!」
6名の式典進行役は片側に3名それが左右から私達を挟む形になる。その状態で私たちを式典会場へと誘導してくれるのだ。
大聖堂入口をゆっくりと歩いて進む。大聖堂内部の突き当たりの大伽藍では、音楽隊による演奏が厳かに鳴り響いていた。
それを背景にしてアルセラと私たちは一歩一歩、前へと進んでいた。
式場内を祭壇へと向かうその途上、その左右に参列者たちの人垣が列を成している。
そこに居並ぶのはこの国を代表する重鎮たちばかり。そしてその中にはユーダイムお爺様やミライルお母様、さらには私の親友たちの姿もあった。彼らは私とアルセラの歩みをじっと見守ってくれていたのだ。
人々の拍手と歓声は鳴り止むことはない。そしてそれらの歓声の中に賞賛の声が飛び交っているのが聞こえてくる。
それは、列の先を歩くアルセラの美しさを賞賛する声でもあった。
「あれが、今回の新領主となられるアルセラ候か」
「なんと美しい」
「あれで若干15歳だと言う」
「美しいだけでなく才女だとも聞くぞ」
「オルレアの上級中央学校に優秀な成績で編入を果たしたとも言う」
「さすが、剣呑な辺境領で先祖代々、営々と領地を手堅く守ってきた一族の末裔だけはある」
「これは将来が楽しみであるな」
アルセラに対してさまざまな声が飛び交う中で、私に対しての声もあった。
「その後ろについているのが後見人代理の――」
「モーデンハイム本家のご令嬢エライア様か」
「美しいお方だと思っていたが、美しさにますます磨きがかかっているな」
「あれで西方国境で国土防衛を果たした国家的英雄だと言うではないか」
「かつては中央軍学校とドーンフラウ大学で学んでいたとか」
「しかも飛び級で卒業資格を得るほどの傑物だと言うではないか」
「『天は二物を与えず』と言うのはもはや嘘ですな」
私への声も飛び交っていた。そしてさらには、
「話に聞けば、境地に立たされていたアルセラ候をお助けし、不逞の輩に蹂躙されようとしていたワルアイユ領を守ったのはエライア嬢だとか」
「さようで。しかも、西方国境地帯でフェンデリオルの3軍を糾合し臨時の防衛部隊を作り上げたというではありませんか」
「恐るべき17歳ですな」
「その際に戦闘の前線にて、戦いの旗印に自らをお成りになられたのが、今回の主賓アルセラ候だとか」
「その後の戦闘勝利の祝勝会を見事に成功させたとも聞きます」
「不幸にもアルセラ候のお父上はかかる国難においてお亡くなりになられたとか」
「この姿を見れば、ご亡父殿も草葉の陰で喜びになられていることでしょう」
噂話や誤情報もあるが、概ね好意的な話として話題が飛び交っていた。
だがその時、入場するための列の動きが止まった。式典進行役の一人がアルセラの様子を伺っているのだ。エスコート役のセルテスも、片膝をついてアルセラの顔を覗き込んでいる。周囲の人々もかすかにざわめいている。
あ、これは――
「アルセラ様、大丈夫ですか?」
セルテスの優しい問いかけが聞こえる。そしてセルテスは懐から1枚のハンカチーフを取り出すとアルセラの目元の涙をそっと拭ったのだった。
その後に式典進行役の方たちと言葉を交わすと、セルテスは高らかに告げた。
「ご参列の方々にお願い申し上げる」
突然のアクシデント、その後にセルテスが告げた言葉はある意味切実なものだった。
「アルセラ候の亡きお父上バルワラ候についての話題はお控え願いたい! お父上がお亡くなりになられてからまだまだ記憶も新しい。アルセラ候に笑顔のうちに拝命式を迎えて差し上げたいのです」
そして一言区切ってセルテスは告げた。
「強くご配慮願いたい」
セルテスのその言葉に少なからぬ拍手がわいた。周囲の誰もが同意したことの表れでもあった。
そして、アルセラも次期領主として必要な素養を発揮しようとしていた。
涙を消して顔を上げて周囲を見回しながらアルセラは告げた。
「皆さま。ご心配をおかけして大変申し訳ございませんでした! このまま拝命式を進めさせていただきたいと存じます」
そして左右の参列客に向けて丁寧に頭を下げたのだった。不満の声は漏れ聞こえてこない。式典はそのまま続けられることとなった。
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