領主拝命式Ⅲ ―軍人墓地―
「お爺様? 本気ですか?」
「なんだ、エライア、儂がすでに
「いえ、そう言うわけではありませんが」
慌てて言い訳する私にお爺様は笑い声を上げていた。
「お前が心配するのは当然のことだ。すでに60を超えて居るからな」
バロンが問いかける。
「軍に復帰するとはどのような形で?」
「そうだな、まさか元帥に復帰するわけには行かぬ。おそらくは〝特別顧問相談役〟と言う形になるだろう。幕僚本部お付きのな。その上で次の元帥になる者を補佐してやろうと思うのだ」
「特別顧問ですか?」
「うむ」
そして、ドルスが問う。
「では、次の元帥候補はどなたが?」
その問いにお爺様はニヤリと笑った。
「今回のワルアイユ動乱を実質的に収めた実力者が幕僚本部に居る。彼ならばうるさ方連中も納得せざるを得ないであろうな」
カークさんがその者の名を訪ねた。
「その御方は?」
お爺様の口が静かに開く。
「ソルシオン」
その言葉に皆が一気に沸き立った。
「ソルシオン将軍閣下!」
ドルスが思わず驚きの声を漏らす。それをお爺様はたしなめた。
「これこれ、声がでかいぞ」
ドルスは思わず詫びを口にする。
「もうしわけありません!」
とは言え、今の言葉はあくまでもお爺様の胸の内の話に過ぎない。
「この話はまだ、儂自身の中での私案にすぎん、軍から復帰打診があるのは事実だが、軍そのものへのテコ入れはこれからだ。五〇〇年、一〇〇〇年を通じて、国を守れる正規軍を作るにはまだまだ休んでおれん」
そして、その場をまとめるようにドルスは言った。
「ユーダイム候の様なお方がそうであるなら、我々も戦場にて思う存分に戦えるというものです」
そしてお爺様は言う。
「期待しておるぞ」
その言葉にドルスたちは自然に敬礼でもって返答した。
「はっ!」
それらのやり取りを見て思うのだが、お爺様はすでに引退、ドルスたちは軍人ではなく職業傭兵だ。直接の繋がりはもう無い。だが、それでも言葉のやり取りには上下関係に基づいた礼儀と威厳が明らかに現れていた。彼らには軍人としての生き方が、芯まで染み付いているのだ。
そこであらためてお爺様はドルスたちに告げた。
「此度の戦いでは、我が孫娘であるエライアが大変世話になった。今回の西方国境での武功はそなたたちを抜きにしては語ることはできん。改めて礼を言う」
「お言葉、ありがとうございます」
互いにうなずき合う彼らの間には絶えること無い絆が明らかに存在していたのだ。
それを羨ましく思いつつも、私は彼らに問うた。
「皆様はどちらへ?」
するとゴアズさんが答えてくれた。
「軍の中央本部に出頭してきたんです。今回の西方国境でのワルアイユ動乱について詳細な証言がほしいと言われまして」
カークさんも言う。
「はじめは軍本部に係るのは気が重かったから、のらりくらり躱わしていたんだが、軍の幕僚本部と人事院本部から直命の召喚状が届いちまってな」
なんだか既視感を感じるのは私だけだろうか?
案外どこも似たような状況なのかもしれない。
そしてバロンさんも言った。
「これ以上は断れないということになり観念してオルレアまで出てきたんですよ」
さらにはドルスが意外な事を教えてくれた。
「ついでにいうと、ダルム爺さんとパックのやつも来てるんだ。別動だけどな」
「えっ?」
驚く私にドルスは言う。
「パックのやつ、外務法務局から呼び出し食らったんだ」
「ええっ? まさか!」
するとカークさんがドルスの頭を軽く小突いた。
「馬鹿、それじゃルス――エライア嬢が誤解するだろ? パックのやつの国内滞在が現状では違法なままなんで、それを合法かつ適正なものにするための特別手続きをする事になったんだ。ダルム爺さんはその付き添いだ。政府筋とのやり取りはダルム爺さんの方がベテランだからな」
それが意味しているのはただ一つだ。私はそれを問う。
「もしかして、滞在許可が?」
「出るだろうな。それだけの武功を上げたからな」
バロンさんも言う。
「今回の国土防衛戦闘の最大の功労者ですからね。政府筋としても無視するわけには行きませんから」
そのやり取りにユーダイムお爺様も言った。
「儂も、そのランパックなる武術家の話は噂で聞き及んでおる。いずれは会ってみたいものだな」
ドルスが言う。
「いずれ、お会いできるでしょうよ。機会があれば」
「そう信じておるよ」
お爺様は笑みを浮かべて答えたのだった。逆に今度は彼らの方が私に尋ねてきた。バロンさんが聞いてくる。
「そういえば皆さんはこれからどちらへ?」
それに応えるのは私自身だ。
「覚えてますか? アルセラのこと」
「忘れるもんかい」
そうドルスが言う。するとバロンさんが何かに気づいたようだ。
「確か領主としての地位継承は道半ばだったと思いますが?」
私は言う。
「ええ、その通りです。ですがこの度正式にワルアイユの新たな領主として拝命を受けることが決まったんです」
そしてプロアが言った。
「これからそのための領主拝命式に出席するところなんだ」
バロンさんが驚きながら言う。
「これからですか?」
「えぇ! モーデンハイム家が正式にワルアイユ家の後見人となりアルセラを支えながら盛り立てていくことになります」
「そうだったのか」
そして、4人を代表するかのようにゴアズさんが言った。
「アルセラさんに『おめでとう』とお伝えください」
彼の言葉にみんなが頷いていた。私は言う。
「よろしかったら皆さんもいかがですか?」
それに言葉を続けたのがプロアだ。
「いいんじゃないか? 知らない仲じゃないからな。アルセラも喜ぶと思うぜ?」
だが、ドルスの言葉が重く響いた。
「悪いがそいつは無理だな」
「え?」
その言葉に私は思わず訝しげに返事をしてしまった。
「どうしてですか?」
「悪いが俺たちこれから行くところがあるんだ」
その言葉の意味に気づいたのはお爺様だった。
「確かこの先にあるのは〝軍人墓地〟であったな」
「あっ……」
そうだ彼らには挨拶をすべき今は亡き人がいるのだ。言葉を失った私にドルスは屈託なく説明してくれる。
「俺とゴアズは無名戦士の墓、カークの旦那は戦死した親友の、バロンは亡き奥さん、まだ挨拶してねえんだ」
それはとても重要なことだった。たとえ相手が地面の下に眠っていたとしても、人生の節目で想いを伝えるのはとても価値あることなのだから。
私は彼らに言う。
「よろしくお伝えください」
「ありがとう」
感謝の言葉を返してくれたのはカークさんだった。だが、あれだけ過酷な状況を乗り越えてきた仲間だ。それでおしまいというわけではなかった。
ドルスが言う。
「とは言え、まるっきり無視するわけにもいかないからな。別な日にでもモーデンハイムの方に顔を出しに行くよ。その方がいいだろう?」
それは彼らなりの筋の通し方だったのかもしれない。無論それを断るほど無粋じゃない。お爺様が言った。
「よかろう。アルセラたちとともに是非お迎えしよう」
「ありがとうございます」
そして私たちは彼らに別れを告げた。
「お呼び立てしてすいませんでした。それでは失礼いたします」
「そちらこそ、お気をつけて」
こうして私たちは彼らと別れた。
お爺様が私に優しく言う。
「いい仲間を持ったな」
お爺様のその言葉は私の胸に重く響いた。
「はい。この2年間の旅路の中で見つけた最高の絆です」
私たちは馬車へと再び乗り込み拝命式の会場へと急いだのだった。
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