領主拝命式Ⅳ ―精霊崇参大聖堂―

 フェンデリオル国中央首都オルレア――

 その中心市街区は政治や行政の中枢であり、この国の意思決定を差配する場所でもあった。

 国や民族に関わる重要な儀式や宗教行事はこの中央市街区で行われるのが常であった。


 特に、その中で最も重要とされているのが


――精霊崇参大聖堂――


 巨大な白亜のドーム型の大聖堂。

 フェンデリオル民族の精神的な柱である〝4大精霊信仰〟その中心的な存在であり、フェンデリオル北部山中にある総本山とともに人々の信仰を厚く集める場所でもあった。

 普段から4大精霊に祈りを捧げる人々が後を絶たないが、今日今宵この日、人々の祝福に包まれてある行事が執り行われようとしていた。


――上級候族、領主拝命式――


 通常であれば最寄りの地方都市の公共施設にて執り行われるのだが、今回に限っては国家の中枢で国をあげての極めて大規模な拝命式の開催となっていた。

 それはすなわち、ワルアイユ領での勝利を国家全域を上げて祝福するということに他ならないのだから。


 ドルスたちと別れてから私たちは大聖堂近くにある、モーデンハイム本家別館へとたどり着いた。そこで拝命式に臨む際の手順を確かめたり、会場での役割別に応じて馬車を乗り換えるためだ。

 会場の正面入り口から入るのは私とプロアとアルセラとセルテスの4人で、残りの人たちは別な馬車で会場の来賓席へと直接向かうことになる。

 主賓である私たち4人は、領主拝命式を取り仕切る紋章管理局が用意する6頭立ての儀礼儀式用の御建て場所にて会場へと向かうことになる。

 一般には馬車というのは貨物用は別として、特別な理由がなければ4頭立てで十分なのだが、6頭という数はそれだけその馬車が特別な用途に供されているということを暗黙のうちに知らしめるためでもあった。

 高級馬車のクラレンス形式、それをさらに車体を延長しキャビンをゆったりとさせたリムジン仕様。高級感のある黒とあやめ色の2色をミスリルシルバーの荘厳な装飾で飾り立てたものだった。

 馭者は紋章管理局を差配するアルコダール家から派遣された人が乗車していた。

 案内役の方に促されて私たち四人は馬車に乗り込む。前側に男性2人が、後ろ側の席に私とアルセラが腰を降ろした。


「それでは出発させていただきます」


 時間的な頃合いを確かめて案内役が声をかけてくる。


「よろしくお願いいたします」


 私がそう答えると案内役は一礼して馬車のドアを閉めた。そしていよいよ領主拝命式の会場である崇参大聖堂へと走り始めたのであった。

 

 私たちの乗ったリムジン・クラレンス馬車は大聖堂をめぐるように、周辺道路を一周するルートを辿る。これからの儀式に際し、周囲の人々に対してこれから国事儀式がしめやかに執り行われるということ広く知らしめる為でもあった。

 

 馬車の中でセルテスがアルセラに説明をした。


「この馬車は、紋章管理局の6頭立て御用馬車と呼ばれています。極めて重要な儀礼式典でなければ走らないと言われているのです」


 すなわちそれはある事実を示していた。

 アルセラは言う。

 

「つまり、これから行われる領主拝命式はそれだけ重要な意味を持っているということなのですね?」


 セルテスははっきりと頷いた。


「その通りです。ですので今回の儀式における一挙手一投足、国中のあらゆる人々から注目を集めるものとお覚悟ください」


 アルセラにも今回の拝命式の重さはよく分かっていた。単に規模が大きいというだけでは済まされない理由があるのだ。


「承知しております」


 アルセラは努めて冷静を装いながら静かに答える。でも、私から見ても肩に力が入りすぎている。このままでは本番で何かとんでもないポカをやらかしかねないだろう。

 私はアルセラの手に私の片手を乗せるとしっかりと握りしめながら、彼女の気持ちをほぐすかのように話しかけ始めた。


「見て、あの一番大きな丸いドームがあるでしょ?」

「はい」

「あれが、中央大聖堂。様々な儀式の中心となる場所よ。そして――」


 私の言葉にアルセラは言う。


「あそこで領主拝命式が行われるのですね?」

「えぇ、そうよ」

「楽しみです!」


 アルセラの落ち着いた喜び声が聞こえてきた。馬車は一度、大聖堂の正面を通り過ぎ、正面向かって右側へと回り込み、大聖堂の東側のエリアへと進む。私は説明を続けた。


「大聖堂の東側には、フェンデリオル聖教を統べる大主教様の宮殿があって、その周辺には、付属大学や病院施設が立ち並んでいるの」


 巨大な丸いドームに連なるように、大小様々な建物が立ち並んでいる。その中でも最も目立つ4階建ての宮殿が、フェンデリオル聖教宮殿だ。そこに最高位の大主教様がお住まいになられており、そして、フェンデリオル聖教の様々な儀式を司る儀仗官を育成する付属大学がある。

 それらを脇に見ながら、大聖堂の北側を迂回する。するとそこにあるのは広大な敷地の庭園だった。否、庭園というよりは動植物公園と言ったほうが近いだろう。


「ここは精霊大庭園と言って、フェンデリオル聖教の修道士の人たちの手によって長い年月を費やして育てられた動植物があつまっているの」

「すごい――」

 

 馬車は大庭園を貫く道を一路ひた走る。周囲のその光景にアルセラは感嘆の声を漏らす。


「ここにはね、長い弾圧と戦乱の歴史で失われかけたフェンデリオルの固有文化を代表する生き物や植物が沢山保護されているのよ。たとえば、あれ」


 私が指差す先には、全身が真っ赤に見事に染まった大型の鳥が複数、木々に止まっている。翼は大きく尾羽根は流れるように広がっている。羽ばたく姿はまるで炎を振りまいているかのようだ。


「あれは火焔鳥と言われて、太古の精霊種の末裔と言われているの。一時は絶滅寸前にまで数を減らしていたんだけどそれをここまで蘇らせたのよ」


 火焔鳥の一羽が私たちの視線に気づいたのか、こちらを向けて翼を広げて威嚇していた。炎の精霊の末裔と言われるだけあってなかなかに好戦的なのだ。


「あ、怒ってる」

「あまりじっと見てると攻撃してくるらしいから、見ないようにしましょ」

「はい」


 そしてさらに馬車は大聖堂の西側へと向かう。そこには大聖堂付属の公庁舎や美術館、あるいは女子修道院と言った建物もある。そして事さらに目を引くのは黒く塗られた四角い建物だ。


「あれは?」

「あぁ、あれは『無名戦士の鎮魂の聖堂』よ」

「鎮魂の聖堂――」


 その言葉の意味に気づいて言葉を失いかけるアルセラだったが、プロアが丁寧に説明してくれた。


「フェンデリオルの長い歴史の中で、多くの軍人や傭兵たちの命が失われた。そして、戦った敵の側にも徴兵されて命を落とした者も居る。戦にまつわる数多の命を敵味方なく弔うために建てられた聖堂なんだ」

「敵味方なく、ですか?」

「そうだ、いつか戦乱が終わり、平和な時代が来ることを願い、日々祈りが捧げられているそうだ」


 プロアの語る言葉にアルセラはとても神妙な表情を浮かべていた。それは明らかに亡きお父上の事を思い出しているかのようだった。


「アルセラ」

「はい、お姉さま」

「別な日にお参りに参りましょう。お父上を始めとするたくさんの魂の安寧を願うためにも」

「はい」


 そう答えるアルセラの表情はとても穏やかだったのだった。

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