領主拝命式Ⅱ ―路上の再開―

 そのクラレンス馬車はモーデンハイム家でも最高級に属する部類のものだった。

 モーデンハイム家のお家の名前に関わる重要行事の時にその馬車は用意される。当然ながら馬車そのものはもとより馭者も長年の経験を積み確かな技術を持つと言う実績あって初めて、その馬車を扱うことが許されると言う。

 私たちを拝命式の会場へと連れて行ってくれるのは、そうした特別な実力を持った馭者であったのだった。


 馬車は拝命式会場へとひた走る。

 流れる街の景色を眺めながら私はお爺様へと尋ねた。


「今宵の拝命式は私のご親友たちも招待申し上げていらっしゃるのですか?」


 その問いかけにお爺様は言う。


「無論だ。ミルゼルドのレミチカ嬢をはじめとして、他の方々もお呼びしている」

「そうですか。ありがとうございます」

「何しろ、お前とアルセラの門出となる大切な節目だからな。お前たちのことを一番に理解している彼女達をおざなりにするわけにはいくまいて」


 そう言いながらお爺様は笑った。私も満足げに頷きかえす。そして馬車の外へと視線を走らせたその時だった。


「あっ?」


 思わぬ人達の姿を見つけた。それも四人。忘れもしないあの人たちだ。


「停めて!」


 私は馭者の人へと向けて思わず叫んでいた。馬車に同乗していた他の3人も驚くような表情を浮かべている。

 私の傍らのプロアが言う。


「おいどうしたんだ一体!」

「大丈夫、時間はかけないから」


 馬車が速やかに速度を落としその場に停まる。

 私は馬車の窓を開けて大声で呼びかけた。 


「みんな!」


 私が声をかけたのは標準的な傭兵装束姿の四人の男たちだった。そしてそれは私があの西方国境戦にてとても信頼し、深い絆で結ばれたあの人達だったのだ。

 四人とも一斉にこちらを振り向く、そして私の顔を見て驚いたような表情を浮かべた。


「ルスト?」


 思わず声を漏らしたのはドルス、


「まさか!」


 状況を理解しつつも驚きを隠せなかったのはゴアズさん。

 他の二人、カークさんも、バロンさんも、驚きの表情を浮かべていた。

 正副2名の馭者の片方が馬車の入り口扉を開けてくれる。広げられたタラップから路上へと降りていく。

 最上級の儀典礼服衣装であるフェーアハゥト、古代の妖精を模したと言われるその儀礼衣装は太陽の光を頭上から浴びて、まさに光輝いていた。

 そこは軍の施設が立ち並ぶエリアで人通りは比較的多い。たまたま通りかかった人の中には何が起きたのかと驚きの表情で眺めている人もいる。

 馬車の中から現れたのが、めったに見られることのないフェーアハゥト姿の上級候族のご令嬢だったので尚更に驚きの表情を浮かべていたのだった。

 僅かながら集まる注目をものともせず、私は路上へと繰り出して四人に声をかけた。


「みんな! お久しぶり!」


 私は路上へ降りるとドレスのスカートの膝のあたりをつまんで持ち上げながら歩く。

 ドルス以下、四人は私の姿を認めて彼らからも歩み寄ってきたのだ。

 バロンさんが言う。


「ルスト――、いえ、今はエライア様でしたか」


 私の立場を慮って呼び名を配慮する彼だったが私は顔を左右に振った。


「いいえ、みんなならどちらでもいいわよ! 本当に久しぶり!」


 カークさんがしみじみとした声で言う。


「ああ、本当に久しぶりだな」


 そして感嘆のため息をつくとこう言ってくれたのだ。


「美しくなったな。ルスト」

「あぁ、そうだな」


 そう相槌を打つのはドルス。

 ゴアズさんも言う。


「美しくなったのではありません。元々、お美しいのですよ」


 そう言われることが私には素直に嬉しかった。


「ありがとうみんな」


 私たちがそう言葉を交わし合っている時だった。


「エライア、よければわしも紹介してくれんかね」


 そう言葉をかけながら馬車から降りてきたのはユーダイムお爺様だった。

 馬車から降りてきたその人物が誰であるのか、4人は即座に理解した。そして私が現れたの以上に驚きの表情で姿勢を正し敬礼を始めたのだ。


「ゆ、ユーダイム候?」


 あからさまに驚いたのはドルス。

 それに続いて毅然とした態度で受け答えするのはカークさん。


「失礼いたしました!」


 そんな彼らの反応にお爺様は笑いながら言う。

 

「よいよい、往来だ。仰々しくなる必要もあるまい」


 バロンさんが言う。


「候がそうおっしゃるのであれば」


 そしてゴアズさんが言った。


「ご配慮、恐縮に存じます」

「うむ」


 彼らがここまでユーダイムお爺様に驚き恐縮するのには理由がある。


「そういえば、ユーダイム候は前の統合元帥を勤めていらしたんでしたね」


 そう言いながら降りてくるのは私のエスコート役を引き受けてくれたプロアだった。

 プロアが口にした通り、引退の身ではあるとはいえ正規軍の頂点を極めた人であるため、今なお軍に対して絶大な発言力を有しているのだ。ドルスたちが恐縮するのは当たり前なのだ。


「プロア?」


 驚くカークの声にドルスが言う。


「お前も居たのか」

「ああ、お嬢様のエスコート役を頼まれたのでな」


 そんなやり取りを耳にしながら私は彼らを紹介し始めた。


「お爺様、彼らが私が西方国境の一戦にてお世話になった戦友の方たちです」


 お爺様と向き合うと、右掌を上にして彼らを指し示す。


「右から、

 ルドルス・ノートン3級、

 ダルカーク・ゲーセット2級、

 ガルゴアズ・ダンロック2級、

 バルバロン・カルクロッサ2級、

 いずれも優れた技量をお持ちになられております」


 彼らの名を紹介するとそれぞれが敬礼で敬意を示した。だがそこでお爺様は意外な反応を示した。


「うむ、よく知っておる。各々が不幸な理由で軍を辞された方々だな?」


 その言葉にドルスは驚きの声を漏らした。


「ご存知なのですか? ユーダイム候?」


 ドルスの問いかけにお爺様は静かに笑みを浮かべながらこう答えた。


「無論だ。これでも軍を辞してからも、軍内部の動向には注意を払っておった」


 そこでカークさんが言う。


「ユーダイム候が前の元帥閣下を勤めておられたのは?」

「あぁ、もう10年以上前だ」


 そしてお爺様は過去を思い出すかのようにしみじみとした声で語り始めた。


「早期に次世代へと引き継ぐべきだと判断した私は、人柄をよく知るベッセム・トラヴィック・オルトガルに次を託して軍を辞した。そして、老兵は去るのみと自らに言い聞かせて隠居の身として振る舞っていたのだが――」


 そこでお爺様は苦しげにその手にしていたステッキを固く握りしめた。


「後任のベッセムには荷が重すぎたようだな」


 その言葉には次世代への継承が事実上失敗したことへの忸怩たる思いが現れていた。


「前線指揮統帥権の混乱、人事裁量の私的な乱用、辺境地住民の避難誘導の失敗、軍属家族への違法勢力の介入、そして今回のワルアイユ動乱に見られる、軍内権力の私物化、いずれも軍の首脳クラスが早期に手を打てば対処できた事ばかりだ」


 そして、お爺様はドルスたちの顔を一つ一つ眺めながら言う。


「結果としてお前たちのような優秀な人材を軍外部へと流出させる結果に至った。これは最早、看過できぬ由々しき事態だ。だからこそ思うのだ」


 そこでお爺様はステッキを軽く持ち上げて、その先端で地面を突いた。


――カッ!――


「儂は軍に復帰する」


 その一言は驚きを持って受け入れられた。無論、私も。

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