第2話:ワルアイユ領、新領主拝命式典

冬の星霜祭と春の訪れ ―アルセラからの手紙―

 それから私は極めて穏やかな暮らしが続いた。


 フェンデリオルの大学の特別聴講生となり、大学の講義を聞きに通い詰める毎日。連日のようにハリアー教授のもとで精術学研究に参加させてもらったり、レミチカたちと語らいあったりしていた。

 そんな、学生時代に戻ったかのような日々は想像以上に楽しいものだった。


 正規軍の幹部の人のお招きで軍学校や軍本部に顔を出したのもいい思い出だ。

 軍の重職の方々と語らいあったり、様々な現場を見学させてもらったり、軍学校で久しぶりに軍事教練に参加させてもらったりもした。


 まぁこれは運動不足解消の目的もある。


 何しろ巨大邸宅の中で使用人にかしづかれる毎日。自分の自由裁量になるのは外出した時だけなのだ。その外出とて自分の自由になるわけではない。外出するにたる明確な理由がなければならないのだ。

 でもその点については、私自身が軍学校の卒業の身の上であり、モーデンハイム家が正規軍やドーンフラウ大学とつながりが深いということもあり、大学と軍学校に行くためであれば外出理由はわりとどうとでもなった。

 それに大学にはレミチカやコトリエやチヲやホタルと言った親友たちが通っている。大学での勉学のついでで彼女たちと食事に行ったりちょっとした買い物するくらいはお咎めなしに楽しむことができたのだ。


 ドーンフラウ大学で勉学に勤しみながら、軍学校で心身の鍛錬をする日々が続いた。それはそれで穏やかな充実した日々だったと言える。


 その間にもワルアイユからはアルセラから手紙が届いたりもしていた。年明けの2月の入学試験に向けて日夜厳しい受験勉強を続けているという。

 私はセルテスにお願いをして、フェンデリオル正教のオルレア中央大聖堂から学業成就の護符を取り寄せてもらうと、励ましのメッセージを私信としてしたためその手紙と一緒に護符をアルセラへと送ったのだった。


 そして12月、雪がちらつき始める頃、フェンデリオルは新年を迎えるための長の祭りの準備に取り掛かることになる。


 12月の最後の10日間。それはフェンデリオル人にとって何よりも大切な10日間だ。

 長い戦乱を乗り越えて生きていたフェンデリオル人にとって、この1年を無事に生き延びたということがより大きな意味を持っているためだ。

 年の瀬も押し迫ってきた12月20日は、年迎えの長の祭りの始まりを宣言する【星霜祭】が執り行われる。

 人々は四大精霊を祀る精霊神殿に集い祈りを捧げる。


――無事にこの一年を最後まで生きられるようにと――


 そして、精霊神殿にて四大精霊の加護を受け終えることで年迎えの長の祭りがいよいよ始まる。

 長の祭りでは身分階級も上下関係もなく、大切な人へ挨拶のための自由な訪問が許される。

 その際に〝感謝の贈り物〟を持参するのが習わしであり、この贈り物のやり取りがフェンデリオルに暮らす人にとっては何よりも楽しみな行事であったりするのだ。


 私は、お爺様には外出用の手袋を、お母様にはフィシューをプレゼントした。セルテスやメイラにも贈る。セルテスには懐中時計用の銀の鎖を、メイラさんにはシンプルな金のイヤリングを、見繕って送った。

 もちろん大切な親友たちにもプレゼントを贈る。

 歳迎えのパーティーを開いてレミチカたちを招待する。そして、その場で互いに贈り合うのが親友や友達同士ではよく見られる光景なのだ。

 私は皆にペンダントを送った。ミスリル素材でできた花のデザインのペンダントだ。色形を少しずつ変えた物を5つプレゼントした。

 そして年末の12月31日――

 家族や屋敷の者たちで集まり、年迎えの最後の宴を催す。

 12月31日の深夜にフェンデリオル正教の神殿の鐘が鳴らされるのを待って新しい年が明けたことを皆で祝杯をあげて祝うのだ。

 そして今、新しい時が明けた。それは私にとってもあなたの運命の訪れを待つ日々の始まりでもあったのだ。


 1月は使用人たちも実家へと帰省する人たちがちらほらと現れる。全体的に人手不足になるために、そのため候族階級の人間は1月はひっそりと静かに暮らす事が常識とされている。周囲の手を煩わせることはないように配慮する必要があるためだ。

 だから私も1月の前半は着替えや外出は周囲の人々の手を借りず自力で行なって済ませた。

 こういう時は2年間の一人暮らしが大いに役立っているわけだが。


 そして2月、私の周囲では人生における大事な節目を迎える人たちが何人もいた。

 2月の頭、ミッターホルムで二つの試験が執り行われた。アルセラの中央首都学校への編入試験と、ラジア君とポール君の正規軍士官学校への入学試験だ。

 3人ともこの日のために長い努力を続けてきた。それが試される時が来たのだ。


 そして3月、月頭を迎える頃に知らせが届いた。

 ブレンデッドからはバロンさんから、ポールとラジアの二人が見事に難関を突破したことが伝えられてきた。二人とも優秀な成績での合格であり特別奨学金の支給要件を満たしたことも記されてあった。

 彼らには正規軍の士官学校での勉学と訓練の厳しい日々が待っている。だがそれも彼らにとって輝かしい日々へと続く価値ある努力の始まりでもあるのだ。


 そして、


 セルテスが私に手紙を持ってきた。銀のトレーに手紙を乗せて運んでくる。


「お嬢様、ワルアイユから信書が到着いたしました」

「よろしくてよ。そこにおいてちょうだい」

「かしこまりました」


 セルテスが運んでくれた手紙を受け取り開封する。封筒には赤い蜜蝋でワルアイユ領の紋章である三つの輪が重なった三重円環が押されていた。


「アルセラ」


 その手紙の送り主が誰であるかすぐにわかった。

 期待を込めて私は手紙の封を開けた。そしてその中に記されていたことに目を通す。


―――――――――――――――――――

 エルスト・ターナーこと、エライア・フォン・モーデンハイム様へ


 前略、お姉さまに中央首都の学校へと進むようにご指南いただいてから勉学の日々を続けて参りました。そして去る2月に試験を受け、3月に入りすぐに努力の結果を知ることとなりました。


 今回の中央首都の上級学校への編入試験の結果は――


【合格】


 お姉さまのご期待に添うことが無事にできて私も胸をなでおろしている次第でございます。つきましては入学の手続きと準備を、かねてからの打ち合わせ通り進めさせていただいているところでございます。

 3月後半、そちらへと私自身もお伺いすることになると思います。これから数年間、モーデンハイムの皆様方のお世話になることとなりますが、ご迷惑をおかけしないように努力し精進する所存にございます。

 合格に至るまでの様々なご厚情、ここであらためて厚く御礼申し上げます。


 アルセラ・ミラ・ワルアイユより

―――――――――――――――――――


 その手紙に目を通した時、私の顔に思わず笑みがこぼれた。


「アルセラ、よくやったわね」

 

 3人の努力が実を結んだのだ。

 それから、アルセラがこちらへと来るための準備が進められた。

 昨年の10月の頃から、すでにワルアイユ領へ代官職の者が送り込まれていた。その頃からアルセラがワルアイユを離れても領地運営が滞りなく進むように、様々な準備と取り決めが行われていたのだ。

 モーデンハイムの本邸でもアルセラとその小間使い役の者が暮らすための場所が準備される。学校への編入手続きと、通学に必要な制服なども準備された。

 そして、3月後半、いよいよ彼女がやって来たのだ。

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