アルセラ、モーデンハイムとの対面
その時は訪れた。
念話装置を介した即時伝報で、到着の数日前に知らせが届いたのだ。
私は色めき立って、その時を待ちわびた。
あのワルアイユでの1ヶ月近くに及ぶ戦いの日々。私にとって最も大きな任務となったあの出来事は今でも記憶に鮮明に思い起こされるのだ。
ワルアイユを思い出せば、それにつられて脳裏をよぎるのは、戦場をともに駆け巡った仲間たちの面影だ。
「みんなどうしてるかな」
そうつぶやいても彼らの足跡を知る手段は今の私には無かった。セルテスとかにお願いすれば調べることはできるだろうが、やっぱりそれは違う気がする。
モーデンハイムの本邸の中にアルセラが暮らすための場所が設けられる。アルセラの私室と小間使い役の人の私室。そして、それに付随する設備などが決められ割り振られていく。
そしていよいよ、
――明日、そちらに到着いたします――
アルセラから念話伝報が届いたのだ。
あくる日、昼過ぎ。その時は来たる。
アルセラのワルアイユからの長旅には馬車が用いられた。途中、ミッターホルムで出迎えて、私と同じように保養施設で体のお手入れが行われたらしい。
ちなみにアルス先生の診察もあったらしいが、ごく一般的な健康診断で終わっているとのことだった。
身綺麗にして、ワルアイユ家として精一杯のドレスアップをして、モーデンハイムが準備した御用馬車にのせられてアルセラはやって来る。
アルセラの乗るクラレンス馬車が正門を通過したとの報せが入る。だが私はまだ動かない。自分の私室でじっと待つだけだ。
本邸の中の気配が慌ただしくなる。
馬車が正門にたどり着いたのだ。出迎えるのはセルテスだろう。
アルセラと小間使い役の人がセルテスに案内されて本邸の中を歩いている。そして彼女たちが案内されるのは来賓用の応接室だ。
人が慌ただしく動いている気配が止んで行く。アルセラは無事に応接室に入ったようだ。
気配を察して私は立ち上がる。
来客応接用の落ち着いた感じのダークグレーのシュミーズドレスを身にまとっていた。肩から上には純白のショールを纏っている。
そして私は彼が来るのを待っていた。
「お嬢様、ワルアイユ家のアルセラ様がお出でになられました」
知らせてくれたのはセルテスだった。
「ご苦労様。ただいま参ります。お爺様とお母様は?」
「すでにお声がけを終えております」
そしてその声と同時に私の部屋へと入ってきたのはお爺様とお母様だった。
「エライア、準備は?」
「すでにできております、お母様」
そしてお爺様が言う。
「では参ろうか」
「はい」
そして、お爺様を先頭にその後ろに私とお母様が並び、さらにその後ろにセルテスとメイラさんがついてくる。
並び立って来賓応接室へと迎えば、部屋の入り口では男性近侍役がドアの傍に佇んで私たちを待っていた。
男性近侍が言う。
「どうぞ」
そう言いながら応接室の扉を開ければ、先に入室したのは執事のセルテスだ。
「申し上げます。当家当主ユーダイム候、当主ご息女ミライル様、当主ご令孫エライア嬢様、ご到着になられました」
その言葉と同時にセルテスは脇へとズレて私たちに道を開ける。そして、お爺様を先頭に入っていけば、応接室の中ではアルセラと、よく見た顔のもう一人が私たちを待っていたのだ。
二人はソファーから立ち上がると私たちの方へと体を向ける。それと同時にアルセラに付き添っていたその人は少し離れてアルセラの後ろ側へと立ち位置を変えた。
着ている服装は、あちらの主流のコルセット仕様のドレスではなく、こちら、オルレアでの流行りのシュミーズドレスにフレンチジャケットと、オーバースカートを重なるやり方をしていた。
色合いは、いかにもアルセラが好みそうな淡いレモン色に草萌えの薄緑色を重ね着やり方だ。肩の上にはワルアイユでよく見られたフィシューが重ねられており頭にはヘッドドレスが飾られている。
顔を合わせるなり二人は私たちへと頭を下げて会釈する。すぐに頭を上げ自ら名乗り始めた。
「ご多忙の折、お時間を割いてお迎えいただき誠に光栄に存じます。
そこで再び、アルセラは深々と会釈する。顔を上げて右手のひらで指し示すようにしてお付きの者を紹介した。
「こちらに控えておりますは当家侍女長を務め、今回の私のご訪問においては小間使い役を任せておりますザエノリアと申します」
アルセラの紹介を受けて名前を名乗るのは、とても見慣れた顔だった。
「僭越ながらご挨拶させていただきます。ワルアイユ家にて長年にわたり侍女長を務めさせていただいておりますザエノリア・ワーロックと申します。アルセラお嬢様共々、モーデンハイム家の皆様方にはご厄介にならせていただきます」
二人とも挨拶を終えると再び頭を下げて謝意を著した。見事なまでの来訪の挨拶だった。
先に彼女たちが名乗ったのならばそれに応えるのは私たちの礼儀だ。まず名乗るのは当主であるユーダイムお爺様だ。
「見事な挨拶、誠に痛み入る。私が当モーデンハイム家本家当主を勤めているユーダイム・フォン・モーデンハイムである。この度は遠路はるばるの来訪、誠に大儀であった。私の家族も順に名乗らせてもらう。さ、ミライル」
そしてその次に名乗るのは私のお母様だ。
「申し遅れました。私、現当主ユーダイム候の息女の立場にあるミライル・フォン・モーデンハイムと申します。これからの長期にわたる滞在、遠慮なくなんなりとお申し付けください」
そしてお母様は自らの右手の手のひらを上に上げて私を指し示す。
「こちらに控えるのが私の息女であるエライアです。さ、ご挨拶なさい」
こういう場では当主以外の者は自分より上位の者の案内を受けて名乗るのが一般的な作法だ。
私は再び一礼してアルセラへと自らの名前を名乗った。
「失礼いたします。ただいまご紹介に預かりました当家当主令孫、エライア・フォン・モーデンハイムともうします。以後お見知りおきを」
そして再び頭を下げる。
次は使用人たちだ。まずはセルテスだ。
「
紹介を受けてメイラさんが挨拶を名乗った。
「エライアお嬢様の小間使い役を務めておりますアルメイラ・リンケンズと申します。以後お見知りおきを」
こうして一通りの挨拶が終わる。その後にお互いの口から漏れてきたのは安堵の感情がこもった飾らない言葉だった。
「お姉さま。お久しぶりです!」
アルセラが声を弾ませて嬉しそうに言う。
「アルセラ! よく頑張ってここまで来たわね!」
「はい!」
その顔には心からの喜びが現れていた。
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