エライアとプロア、二人の温もり
ふたたび歓迎会の会場へと戻る。
私が途中で姿を消した以降、3分の1くらいは少しずつ帰って行っており、残りが来賓同士で語らい語らい合うなどしていた。
会場へ戻るなり私はセルテスに声をかけた。
「セルテス!」
「お嬢様」
「私の親友たちの方は皆様お帰りになりました」
「そうでらっしゃいますか。ではこちらの方も」
「ええ、頃合いかもしれませんわ」
「承知いたしました」
私はセルテスとメイラさんを伴って、歓迎会会場の上座の方へと向かう。そして、上座に立つと皆の方を向いてセルテスの言葉を待った。
セルテスは来賓たちの方へと高らかに告げる。
「ご来場のみなさま方へ申し上げます。長らくのご宴席ではありましたが、一旦これにてお開きとさせていただきます。最後に主催であるエライア様よりお言葉を賜わります!」
皆の視線が私の方へと集まる中で、私は落ち着き払って挨拶の口上を述べた。
「皆様、今宵はお楽しみいただけましたでしょうか? お名残惜しゅうございますがまずはこれにて歓迎会は一幕とさせていただきたく存じます。遠路はるばるの宴席へのご参加、このエライア、心の底から感謝申し上げる次第でございます」
そう告げて丁寧に頭を下げる。そして姿勢を直すとこう告げた。
「それでは皆様、くれぐれもお怪我などなさいませぬようお気をつけてお帰りください」
口上を延べ終えると会場から拍手が沸き起こる。そして、主だった人々が私の方へと歩み寄ってきて帰宅の挨拶をする。
最後の挨拶に応対するのも主賓の役割だった。
小半時ほどをかけて挨拶を終えると、後に残っているのは特に雑談などで盛り上がってる人々だった。こういう方たちは会場が終わりとなるまで帰ろうとしないものだ。
セルテスが私に告げる。
「お嬢様」
「何かしらセルテス?」
「こちらは私と旦那様が後の対処いたします。お嬢様は本邸へと戻りになられてはいかがでしょうか?」
それすなわち、先ほどから待たせているプロアの所へと向かってはどうか? と言っているのだ。
「そうね、後のことはお任せするわ」
「承知いたしました」
「ではメイラ、参りましょうか」
「はいお嬢様」
セルテスたちとやり取りをして会場から去っていく。そして本邸へと戻り一路来賓応接室へと向かう。部屋の入り口には男性近侍が待機しており、私が近づけば彼がドアを開けてくれた。
その中でプロアが待ちわびているはずだった。
部屋に入るなり私は声をかける。
「お待たせ」
その時私が目にしたのは応接侍女を相手に、テーブルで
私の声に気づいて彼は振り向くなり答えてくれた。
「おお、来たか」
そして返す言葉で暇つぶしに応じてくれた応接侍女に労いの言葉を返す。
「付き合ってくれてありがとうな」
「いえ、楽しかったです。それでは失礼いたします」
応接の役目を終えて退室していく応接侍女の彼女に私もねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労様」
「恐縮です」
応接室の中に残されたのは、二人ほどの女中侍女とメイラと私とプロアだけだ。
私は更にメイラをはじめとする侍女たちにこう声をかけた。
「みんな下がっててちょうだい。ここは私と二人だけにしてもらえるかしら?」
私がそうお願いすれば、メイラが答える。
「承知いたしました。隣室にて待機しておりますので、何かありましたらばお呼びください」
「分かったわ。その時はお願いね」
そう告げればメイラたちは恭しく頭を下げて応接室から姿を消した。
応接室の中は荘厳華麗な革張りの長椅子と、テーブルがあり、その他様々な調度品が置かれている。私はプロアに言う。
「座りましょう」
「ああ」
そう言葉を交わしながら私は長椅子の一つに向かって腰を掛けた。それから少し遅れてプロアは私の隣へとそっと腰を下ろす。
二人きりの空間の中で私の傍にプロアが居る。
彼は私に密着するように座るなりこう口にした。
「いい香りがするな。ただの香水というわけじゃないな」
「あら分かる?」
「もちろんさ。体中に香油を刷り込んだんだろう?」
「そうよ。何日もかけて徹底的にね」
「やっぱりそうか」
プロアは楽しげに笑いながらこう続ける。
「候族淑女の嗜みだからな」
「あ、知ってるんだ。どこまでやるか」
座っていた長椅子の上で体の向きを微妙に変えてプロアの顔が見えるように向かい合う。そこには以前にも見られたあの優しい視線が私を見つめていた。
「当然だろう? 真っ裸に剥かれて体の隅々までやられてるんだろう?」
真っ裸――、プロアにそう具体的に言われたことで不思議と恥ずかしさが急速にこみ上げてくる。なんだか香油を自分の体に塗られて刷り込まれている時のことを実際にプロアに見られていたんじゃないか? そう思えてしまったのだ。
「ちょっと、見てきたようなこと言わないでよ」
「なんだ、いっちょまえに赤くなるんだな」
「あ、当たり前でしょ? 私だって恥ずかしいって感情あるわよ!」
自分の頬が赤くなるのを感じる。指先や首筋が急速に熱くなる。恥ずかしさを持て余して私は俯いてしまった。そんな私にプロアは優しい口調で、私の頭をそっと撫でてくれる。
「悪かった言い過ぎた。すまない」
「もう!」
それ以上どう言葉にしていいか分からなくなり私は思わず彼の胸の中に自分の体を預けてしまった。上体を投げ出すように彼の胸へと飛び込んだ。
「どうしたんだ?」
彼の優しい声が聞こえる。私へとそう語りかけながら私の背中に両手を回して優しく抱きしめてくれる。
「わかんない。自分でもあなたの前でどう振る舞っていいかわかんない」
「なんでだ?」
「だってあなた、素の私も、エライアとしての私も、ルストとしての私も、みんな知っているから。どの私で振る舞っていいか分からなくなってくるの」
こんな気分生まれて初めてだ。なんでだろう?
「でもね。今は二人きりでこうしていたいの」
「どうしてだ?」
彼の問いかけに私は答えた。
「ものすごく目まぐるしく毎日が動く中で、目の前に刃物でも突きつけられたように〝お前はこれからどう生きるんだ?〟って、そう執拗に突きつけられている。判断を間違えれば私は絶対に後悔する。どうすれば後悔しないか考えても考えてもわからない」
私の言葉に彼は一つ一つうなずいてくれた。そしてぼそりと一言こう答えてくれた。
「いつまでもこうしていて良いんだぞ?」
「うん」
彼のその言葉が私にはとても嬉しかった。彼のぬくもりをそのまま感じていたいと心の底から思っていた。
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