歓迎会Ⅸ 親友たちの食の宴
そして彼女、レミチカは私にこう尋ねてくる。
「それであなた、これから先はどうするか決めてらっしゃるの?」
これから先――、すなわち私の進路だ。
「それは――」
私は一瞬言葉に詰まる。言葉を選んで慎重に答えを紡ぐ。
「明確にこうすると言う答えがあるわけではありません」
だが私にはその言葉の続きがあった。
「でも〝時代〟が私のことを放っておかないような気がします」
レミチカは言った。
「ええ、そうね。あなたはそれだけの事を成し遂げたのだから。でも覚えていて」
レミチカの真剣な言葉が私に届く。
「私たちはどんなに離れていてもあなたの親友だから」
その言葉と同時に皆の視線が私の方へと注がれる。その視線の一つ一つにうなずき返しながら私は言った。
「みんな、ありがとう」
私は皆に告げた。
「さ、食べましょう。お料理が冷めてしまうわ」
コトリエが言う。
「そうね! みんなでめいっぱい楽しみましょう!」
みんなの顔に明るさが戻った。
心の中に罪悪感と後悔を背負いこんでしまっていたレミチカも本当の笑顔を取り戻していた。
2年に渡る、私の長い長い旅。
今この笑顔と笑いに満ちたテーブルもその旅のたどり着いた到着点だ。
「その竹の容器に入ってるの何かしら?」
コトリエの問いにチヲが答える。留学生でフィッサールにも訪れたことのある彼女は世の中の見識が本当に広い。
「それは〝包子〟ですね。小麦粉の柔らかい生地で肉料理を包んだものです」
「その隣の透明なのは?」
「〝蝦餃〟ですね。調理されたエビが入ってるんです」
「それいただこうかしら」
レミチカがそう言えば給仕侍女が小皿にとって運んでくれる。その隣ではロロが無言のまま黙々と包子や饅頭を口にしていた。
南国パルフィアのパスタ料理も多種多彩だった。チヲが招待されているので彼女に合わせて料理長が腕を振ってくれたのだろう。
北国生まれのトモが珍しげに言う。
「パスタ料理って本当にたくさんの種類があるんですね」
「ええ、パスタそのものにも種類がありますけど、そのパスタに合わせるソースや具材もいろいろ工夫が凝らされているんです」
その言葉に私も加わる。
「パルフィアは港町の国だから、魚介類の料理も豊富なんですよね」
「はい! それでしたらこれ『ペスカトーレ』ですね。漁師風と呼ばれていて、一説には漁師さんが売れ残りの雑な魚をトマトソースで煮込んだのが始まりだって言われてるんです」
「へぇ。それをいただこうかしら」
興味をひかれたのかトモは給仕侍女にペスカトーレを取り分けてもらった。でも私の興味はパスタ料理の中でも特に異彩を放っていたあの赤いものに目がいった。
「チヲ、それは何なの?」
「えっ? これですか?」
筒状のパスタに赤いソースが絡めてある。いかにも刺激的そうだ。
「これですか? アラビアータです。トマトソース仕立てなんですが、唐辛子が効かせてあるので辛いのが特徴なんです」
辛いのは嫌いじゃない。きのこがあえてあるのも気に入った。私は給仕侍女に求めた。
「あれを」
「かしこまりました」
それと同時にパスタのソースでドレスを汚さないようにという配慮なのだろう。襟元にナプキンがつけられた。
運ばれてきたパスタをフォークで刺して一口運ぶ。
口に含んで噛み締めた時、その辛さが口の中に広がる。
「んー!」
「大丈夫ですか?」
隣でチヲが驚いていた。飲み込んだ後に白ワインを口に含む。
「ものすごい辛いですね」
「そんな、アラビアータってそれほど辛くないはずなんですけど。ちょっと失礼」
不思議に思ったのか、チヲも私の小皿からアラビアータのパスタを一つ口に運んだ。そして――
「辛い! これ辛すぎます」
「やっぱり?」
「これはこれで美味しいですけど、これはちょっと辛すぎます。そうだ!」
チヲが何か思いついたようだ。
「今度私のところにいらっしゃいませんか? せっかくですから私がパスタを調理します」
「えっ? 本当?」
「はい! 子供の頃からよく自分でも作ってたので」
「それでは今度ぜひ」
「はい!」
食と共に話題は尽きない。私たちは失われた2年間を取り戻すかのように語らいあったのだった。
それから1時間ほどが過ぎる。夢のような時間はあっという間だった。
私の傍のメイラが言う。
「お嬢様、そろそろ一旦、歓迎会会場に戻りになられませんと」
「そうね。あちらに顔出しして締めの挨拶をしないとね」
その言葉が出たことでこちらもお開きの運びになった。
レミチカが言う。
「コトリエさん。それじゃあ私たちも一旦ここで」
「そうですわね。時間的にも屋敷に戻る頃合いですわ」
トモがワインの入ったグラスをテーブルに戻しながら言う。
「エライアさん、それでは私も今日はこれで一旦失礼いたします」
そして、チヲも、
「私もコトリエさんと一緒に失礼させて頂きます。今日は美味しいお料理本当にありがとうございました」
「私もです。ごちそうさまでした」
挨拶と共ににこやかな笑みが溢れる。
もてなした側である私の心も晴れやかだった。
「そう言って頂けて光栄です。本当にありがとうございました」
皆で別れの挨拶を交わし合う。明日からまた慌ただしい毎日が始まる。
そんな会話のかたわらでちょっとした珍事もあった。
「ロロ! ロロ!」
よほどお腹いっぱい食べて満足したのか、あるいは気が緩んだのかレミチカの従者であるロロが、餡入り包子を口にしたまま眠りこけてしまったのだ。
「はい……、もう食べれません……」
「何を言ってるの! ほら帰る時間よ」
「え? あ、はい! は」
慌てて立ち上がったので椅子からこけてしまったのだ。
「大丈夫? 気の緩みすぎよ? もう」
「す、すいません」
あれほどしっかりしている彼女のような人でさえ気の緩むときはあるのだ。これもまた楽しい宴の中の一興だ。
「それじゃあ皆様、今宵はお楽しみいただけましたでしょうか?」
もてなす側である私がそう問いかければ、
「ええ!」とチヲ、
「とても美味しいお料理でした」とトモ、
「次は私たちのところにぜひいらしてください」とコトリエが言えば、
「私もですわ」とレミチカが言った、
その隣でロロが丁寧に頭を下げている。
そして、レミチカが言った。
「それではごきげんよう」
その言葉を残して彼女たちは去っていった。
メイラさんが私のドレスの乱れを直してくれる。そして私は彼女に言った。
「では私たちも参りましょうか」
「はい。お嬢様」
親友たちとの楽しいひと時はこうして終わりを告げたのだった。
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