歓迎会Ⅷ エライア、自らの足跡をかく語る

 私はみんなの顔を眺めながら語る。


「2年前、この家から姿を消した私は、北部都市のイベルタルにたどり着いた。甘く考えていた私はなかなか仕事を見つけられず、一週間足らずで手持ちの金を使い果たしてしまった。本名を名乗れなかったため偽名で通すしかなかったんだけど、偽名ではまともな仕事にはありつけなかった」


 トモが問うてくる。


「何も仕事につけなかったんですか?」

「ええ。常識的な仕事には〝保証人〟が立てられないと雇い入れてもらうことすらできませんでした。困り果てた私は仕事を紹介してやると言って近寄ってきた怪しい男にまんまと騙されてしまったんです」


 チヲが言う。


「〝口利き屋〟ですね?」


 コトリエが尋ねる。


「それはいったい何ですか?」

「大きい都市の歓楽街で、酒場の酌女や、お風呂屋の湯女など、あまりおおっぴらにはできない裏社会の仕事をこっそりと紹介しようとする人達です。でも大抵はたちが悪く詐欺まがいの人が多く、仕事を紹介してもらえても余計な借金を上乗せされたり、仲介料と称して仕事の収入の上前を撥ねられたりするんです」


 その言葉にコトリエも驚いていた。


「ではエライアさんも?」

「ええ、あと少しでそうなる一歩手前でした」


 私は過去を思い出しながら言う。


「仕事を紹介してやると言われてついて行って、連れてこられたのが窓ない黒塗りの事務所。恐ろしげな男の人達が何人もいてそこで初めて自分が騙されたことに気づいたんです。でもそこから私の今に至る道が始まったんです」


 トモが言う。


「それはどういう意味ですか?」

「最初の恩人に出会えたんです。シュウ・ヴェリタスと言う方で娼館を手広く営んでいる傑女でした。ものすごく優雅で気迫に満ちた方で、自分の店で働かせる女性を探して口利き屋のところに来ていたのですが私を見てひと目でこう言ったんです。

『ここは素人を騙して連れてくるようなところなのかい?』って」


 それは私がすんでのところで助けられた瞬間だった。


「彼女は口利き屋の男に二束三文ではした金を渡して、私をそこから連れ出してくれました。そして私にこう言ったんです


『お前は何ができる? どんな仕事なら自信を持ってやって見せてくれるかい?』って。


 私は言いました。


『事務仕事と通訳なら自信があります。たちの悪い酔客も取り押さえるだけの護身術も使えます』」


 あの時の記憶がよみがえる。自分で自分の可能性の扉を開こうとして必死だった頃だ。


「私の言葉を信じてくれたその人はこう言いました。


『寝起きするところと身を隠すところを用意してやる。その代わり私の店で働いてもらうよ』


 そして私はその人の営んでいた娼館で下働きをすることになったんです」


 皆が一様に驚いていた。


「娼館の下働きですか?」

「ええ。通訳と用心棒を兼ねてです」

「そんな大丈夫だったんですか?」

「娼館の仕事といってもやましいことはしておりません、そもそも裏方の仕事ですから」

「へぇ」


 驚きの声が聞こえる中で私の武勇伝は続く。


「ちょっとした失敗はいくつかありましたけど、実績を積み重ねていって裏方の仕事なら誰にも負けないと言えるくらいにもなりました。通訳の仕事も成功させてお店のお客さんを増やすこともできました。そして私を助けてくれた女将さんがこう言ってくれたんです。


『お前のひたむきさは立派な財産だ。その財産を私が形にしてやる』


 そう言ってくれた彼女は私に立派なドレスをプレゼントしてくれたんです」


 衣装をプレゼントされる。それはどんな世界にもある感謝の気持ちの表し方だ。侍女の世界でも、雇い主からドレスや着衣をプレゼントされるというのはそれほど高く評価されているということ現れでもあった。ロロやメイラさんがはっきりと頷いていたのが印象的だった。


「それから仕事の合間を見てお店の中で待合のお客さんにお酌をする事もありました。ここならやっていけそうだ。そう思った矢先、歓楽街を伝染病の脅威が襲いました。軍学校での防疫学の経験から私は対策をアドバイスしました。そして、伝染病の蔓延は防げたんですが、でもそれが仇になりました」

「なぜですか?」

「私の存在が話題になりそこから当時の実家筋に知られることになったんです」


 驚きつつレミチカが言う。


「もしかしてそこからも逃げ出したんですか?」

「逃げ出したというより、逃がしてもらったんです。このままでは国内ではどこへ逃げても無駄だからいっそ国外へ逃げろって。冬の雪山を越えて北の隣の国ヘルンハイトをめざせって」

「冬の雪山――」


 みんなが一斉に驚いているのが分かる。


「案の定、遭難してしまい山の中をさまよい歩いたあげくとある山の中の小さな村へとたどり着きます。そこで紆余曲折あって〝エルスト・ターナー〟と言う人物の名前の戸籍を手に入れたんです。そこからです職業傭兵へとつながる新たな出発となったのは」


 私が語る事実にレミチカは意を得たかのようにこう指摘した。


「つまり本来のあなたであるエライアとしての足跡は隠したまま、全くの別人として思うがままに自分を試すことができたと?」

「はい、そうです。私が職業傭兵と言う仕事に巡り会えたのはある意味運命だったのかもしれません」


 そして私は話をまとめるように一気に語る。


「職業傭兵になってからは、大小様々な任務に参加してあちこちを駆け回る毎日でした。少しずつ実績を積み上げ、その中で巡ってきた一番大きな仕事が、私の最後の任務となった西方辺境のワルアイユ領の査察任務でした。そして、そこで出会ったのが陰謀に苦しめられるワルアイユ領の人たちでした」


 ワルアイユ領、その名前が出た時にレミチカはばつが悪そうだった。でも私はそれを諭すように言う。


「確かにアルガルドの一派が国家を揺るがすほどの陰謀を実行に移していたのは事実。でもねレミチカ?」


 私の言葉に彼女の顔が動いた。私の方をじっと見つめてくる。


「あなたがそのことに思い悩むことはないのよ、なぜならね、アルガルドは首謀者ではなく単なる傀儡かいらいに過ぎなかったからなの」

「〝傀儡〟?」


 驚きの声がみんなから漏れた。当然の反応だった。


「あの事件は私の元父親だったあの人も絡んでいた。でもそれ以外にも敵国トルネデアスの軍部や、東の隣国フィッサールの地下秘密結社や、フェンデリオル正規軍内部の一部勢力――、実に様々な人達が複雑に絡み合ってる事件だった。その全容は最前線で戦った私ですら把握しきれていない。とても裾野の広い事件だったの」


 そしてそこで、学者をしているトモが私見を述べた。


「そういえば以前から情報通な人たちの間でささやかれていたのですが、かねてから世界各国をまたにかけて様々な勢力を連携させて大きな企みを狙おうとする、反国家的勢力が暗躍しているといいます。ヘルンハイトの軍部でもその存在をつかもうと躍起になっているそうです」


 私は指摘する。


「やっぱり――、私の父デライガがどんなに邪悪な人間だったとしても、国を売り飛ばすような、ここまで悪辣かつ大胆な企みに手を染めるとは考えられません。おそらくは誰か助言や手助けをした人がいるはずなんです」


 チヲが不安げに言う。


「それはいったい誰なのでしょう?」


 私は顔を左右に振った。


「わかりません。そこまでたどり着けるほど具体的な証拠がない。それ以上のことは正規軍でもよほどの実力を持った諜報部門の方たちでないと把握できないと思います」


 そして私はレミチカに言った。


「レミチカ、私はね、確かに西方国境の大規模な作戦で正体が露見することになった。モーデンハイムに消息を把握されて呼び戻される結果となった。でもその事には微塵の後悔もしていないの。なぜなら、自分の選択の結果でたどり着いた現実だから」


 私はテーブルで身を乗り出すとレミチカの方へと手を伸ばす。するとレミチカも恐る恐る手を伸ばして握り返してくれた。


「エライア――」

「お爺様に聞かせていただいたわ。事態を解決するために尽力してくださったんですってね」


 レミチカは私の父だったあの男に鉄槌を下すために全力で動いてくれた。彼女があの男を再起不能なほどに叩きのめしてくれたから私はこうして安心して、愛する我が家へと帰ってくることができたのだから。


 レミチカは控えめにこう答えた。


「私は、私の一族が金勘定しかできない経済候族と馬鹿にされてるような気がして我慢がならなかった――、ただそれだけよ」


 いかにも彼女らしい言葉だった。いつでも強いプライドを心の中に持ち、そのプライドを折られないためにどんな努力も惜しまない。そんな気高く強い彼女が私は大好きだった。

 私は彼女に言った。


「それでこそ私のライバルよ」

「ありがとう」


 迷いと戸惑いが晴れたようにレミチカの顔は晴れやかだった。

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