歓迎会Ⅶ エライアと親友たち、語らい合う
ダンスホールから離れて本邸へと戻る。そして向かったのは本邸内に複数ある晩餐室のうちの一つだ。
「ここね?」
「はいお嬢様。こちらにご親友の皆様方がおひかえになられてらっしゃいます」
メイラさんの案内で親友のレミチカたちが居る場所へと移動してきた。彼女たちと改めて語らいあうことに私の期待は大きく膨らんでいた。
晩餐室の入口扉には一人の男性近侍が護衛とドアの開閉役を兼ねてずっと立っていた。彼は私に気づくとさりげなくドアを開けてくれた。
「ありがとう」
感謝の言葉を送りながら晩餐室へと入っていく。その際に部屋の中の人物たちに声をかけるのはメイラさんの役目だ。
「失礼いたします! エライアお嬢様、ご到着でらっしゃいます」
メイラさんが声をかければ、それまで晩餐室の中で賑やかに会話をしていた彼女たちが水を打ったように静かになる。
「お待たせ」
私がそう声をかければ皆の視線が一斉に集まってきた。私は悪びれもせずに晩餐室の中へと入って行く。それとみんなが改めて私の所へと歩み寄ってくる。
「やっと来たわね」
そう、気の強そうな口調で言い放つのはレミチカだ。
「仕方ありませんわ。このような席では主賓は一通りの方々にご挨拶するのが、一般的な習わしですから」
丁寧に私の事情を説明してくれたのがコトリエ。それに続けてトモが言う。
「まずはみんなで乾杯とまいりませんか?」
チヲが弾んだ声で答える。
「いいですわね!」
晩餐室に控えている給仕役侍女たちが、乾杯用のシャンパンの入っているカクテルグラスを持ってくる。
銀色のトレーに乗せられて運ばれてきたそれを皆で一つ一つ手に取って行く。
私の傍らでメイラが控えていたが、私は彼女にもグラスを手に取るように促した。
「メイラ、あなたも」
「恐縮です、お嬢様」
親友たち5人と、私とメイラ、7人がグラスを手にして輪を作る。手にしたグラスを高く掲げて乾杯の声を発したのはレミチカだ。
「それでは
「
軽くグラスが打ち付け合われたのちに私たちはグラスの中身を飲み干した。
そして私たちの歓談が始まった。
最初に話題に上ったのは私の着ているドレスだった。やはりここは女の子同士。衣装やファッションというものに真っ先に関心が向かう。
まずはチヲが言う。
「すごいですね。これ純シルクですよね?」
チヲが私のドレスの胸元の布をそっと触れながら驚きの声を上げた。
「ええ、純シルクにミスリルプラチナの糸を編み込んでるんです」
私の答えにトモが言う。
「それでなのね、角度によって銀色になったり金色になったり、虹のようなバリエーションが出るのは」
レミチカも言う。
「これ確か、北部地方の山岳地帯の一地域で作られている高級生地です。でも、ものすごく手間がかかるので極めて希少だと言われてますのよ」
そこには驚きと羨望が入り混じっていた。とは言え、それを露骨に顔に出すようなレミチカではない。
「素晴らしいですわ。まさにお母様の愛情ね」
その言葉が私には心の底から嬉しかった。
「ありがとう、レミチカ」
「どういたしまして」
微笑みながら言葉を贈り合う。
そして私たちは部屋の中で場所を移す。部屋の中ほどには丸テーブルがあり、その周りに背もたれ付きのイスが人数分並んでいた。
私が座るその隣に小間使い役のメイラが座る。そこから先は順不同でどこが上座だということはなかった。私たち親友の間に上下関係はないのだ。
出されていた料理はオードブル形式で、それを給仕侍女たちが求めに応じてとってくれるスタイルだ。
メイラとロロは身分上は侍女だが、小間使い役と言うのは一般的な身分の侍女とは異なり、上級使用人の中でも特に格上として扱われる。そのためこういう席でも彼女たちに対しても給仕侍女がつく事が特に認められている。
出されている料理はオードブル形式料理としては一般的な、カナッペ、薄切り肉盛り合わせ、菓子の盛り合わせ、ソーセージに、果実や肉類が入った小麦団子のダンプリング、薄くスライスしたパンの上に肉料理を載せて軽く焼いたブルスケッタ、さらには東のフィッサール領で好まれている点心料理、南国パルフィアのパスタ料理などが並べられていた。
それらをそれぞれの好みに応じて、好き好きに食しながら私たちは会話を楽しんだ。
話題はどうしても私のこの2年間の足跡について関心が集まることになる。口火を切ったのはレミチカだ。
「それで、あなたこの2年間、どこで何をしてらっしゃったの?」
さらにコトリエが尋ねてくる。
「職業傭兵をしてらしたのは伝え聞いておりますが、その詳細についてもお聞きしたいですわね」
トモが言う。
「そうね。あなたがどうやって西方国境の勝利の立役者となったのかその足跡もお聞きしたいところですし」
チヲが言う。
「この2年間、皆様事あるごとにエライアさんの安否をご心配してらっしゃいましたから」
そしてチヲは、ある人物の方もいてこう問いかけた。
「ね? レミチカさん?」
突然名前を振られたので意表を突かれたようだったがそこは素直じゃない彼女のこと少しひねくれた答えが返ってきた。
「別に、心配だったわけじゃありません。事実確認が出来なかったので気になって仕方なかっただけです」
大丈夫、素直でないだけだ。レミチカはこういう状況で素直に心配していたと口にするような性分でないことは昔から分かっている。
それと彼女のお付きのロロが、主人をたしなめるようにぼそりとつぶやいた。
「満月の晩になるとエライア様が月夜の晩に出奔なされたことを思い出して窓辺で一晩中、泣きながら月を眺めていたのはどなたでしたでしょうか」
「ちょっと! ロロ!」
「事実です」
「言っていいとは私言っておりませんわよ!」
するとすかさず私はこう切り返した。
「あ、でも事実なんですね」
「そ、それは――」
私に問い返されてレミチカは言葉を詰まらせてしまった。
「だってあなた、何も言わずに行ってしまったから、そんなに思いつめていたのになんでわかってあげられなかったのかと思って――」
そうまで言ったところでレミチカは涙目になっていた。隣に座っているトモが励ますように慰めている。
私はそっとこう言う。
「心配してくれてありがとう。ごめんね、辛い思いさせてしまって」
でも彼女には私に対する負い目はもう一つあったのだ。
「でも、あなたのこの二年間の努力を私の実家筋が全て台無しにしてしまいました」
彼女の気がかりの理由を私は知っている。
「ミルゼルド家の事かしら」
「はい」
レミチカは訥々と話す。
「うちの外縁のミルゼルドが世の中に多大な迷惑をかけてしまっただけでなく、あなたがご実家筋に消息を知られてしまう事態をつくってしまいました」
彼女らしい反応だった。
レミチカは気が強そうに見えて、その実、感受性が豊かで喜怒哀楽がはっきりしている。罪悪感を抱えるとそれがすぐ顔に表れるのだ。
「レミチカ、それは思い込みすぎよ」
「えっ?」
私はレミチカだけでなく他の人にも聞こえるように語り始めた。
「確かに今回、こうやってモーデンハイム本家に戻らざるを得なくなったけど、それはそれで後悔はしていないの」
それは私が2年前のあの日から今へと至る足跡だった。それを皆に語り始めたのだった。
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