歓迎会Ⅵ エライア、啖呵を切る
私は、たまたま近くを通りかかっていたワイングラスの給仕役の侍女が持つ銀のトレーから、赤いワインが注がれていたグラスを一つ取ると、呆然として立ちすくむゲス男の顔面へとワインをぶっかけた。
――バシャッ――
さらに怒りを隠さぬままワイングラスをゲス男の胸元へと叩きつけた。
――ガシャン!――
相手が反撃の言葉を返すよりも先に私はさらに言い放つ。
「旧バーゼラル家のあの二つの家宝はね、デルプロア候が必死の思いで、このフェンデリオルの大地の上を何年間も何年間も泥を舐めるような苦労に苦労を重ねながら、やっとの思いで取り戻したものなの!」
私は左手に携えていた儀礼用の戦杖である
「バーゼラル家が不幸な出来事でとり潰されてから、彼は何もかも失った。それでも彼は決して心を折られることなく茨の道を歩きぬき悲願を達成したの! 私はその現場にいた! 最後の最後の瞬間をこの目で見た! 彼は最後の最後まで戦い抜いて見事に悲願を達成したの! 立派なフェンデリオルの男として! 一流の紳士として! 勇猛な国土戦士として!」
私を知っている。プロアの苦労と苦難の日々の片鱗を。理不尽に理不尽を重ねたような周囲の無慈悲を。だからこそ彼が汲めども尽きない怒りを宿していることを。だからこそだ――
「あなた自ら手を汚して戦ったことが一度でもお有りかしら? 無いでしょう? いつでも上手く立ち回り口先三寸で相手を言いくるめて、敵の弱みを握って、美味しい部分だけ横から掠め取る! そうやってあなたは生きてきた。そして今度もその機会を狙っていたのでしょう? デルプロア候が家宝を取り戻す瞬間を!」
私は彼を鼻で笑いながら言い放つ。
「私が、あなたのような下賤極まりない男の言葉を仲介するとお思いなの? あるわけないでしょう? 顔洗ってとっととお帰りなさい!」
そして私はつかつかと歩み寄ると左手に握り締めた地母神の御柱を斜め上方へと振り上げると彼の顔面めがけて軽く叩きつける。
――ドカッ!――
鈍い音と共に彼は吹き飛ばされた。
盛大に鼻血を流しながら彼は後ろへとよろめいた。姿勢を治してすぐに立ち上がり、男は着衣の内側からハンカチを取り出すと自らの鼻に当てる。
「き、貴様ぁ! 小娘だと思って下手に出ていれば図に乗りおって! い、今に見ておれ!」
さすが筋金入りのゲス男。反省の言葉はなく恨みと報復を正面から叩きつけてきた。そして慌てて逃げるように立ち去ろうとする。
だが、私の帰還の歓迎会と言う大きな場で事を起こしたその代償は重くのしかかることになる。因果応報だ。
「お待ちください!」
凛とした強い声が響く。声の主は執事のセルテス。その傍らにはお爺様のユーダイム候。
セルテスが右手に一通の招待状を手にしながら言う。
「ノルドシュ様がお持ちになられたこの招待状ですが、少々疑わしいところがございます」
「は?」
セルテスの言葉にゲス男は驚いていた。同時にモーデンハイム家の衛兵が私たちの周囲をさりげなく固めていた。セルテスは続ける。
「手前どもでは今回のような大きな催し物に際し、無用な騒動を避けるため、招待状には透かしで通し番号が仕込んでございます。どなたに発送したものなのか調べればすぐに分かります」
その言葉が何を意味するのか、ゲス男のノルドシュにはすぐにわかったようだ。蒼白な表情で一瞬周囲を見回し逃げる隙を探し始めた。
「あなたのご署名がある招待状を調べさせていただきましたところ、これは我がモーデンハイム家と取引のあるとある家具職人の方のところへと送られたものであることが判明しました。当家のものを派遣してご本人に尋ねさせていただきましたところ、わずかばかりの金を置いて強引に持って行かれてしまったとの事です」
そしてセルテスは静かな怒りをにじませたような表情でゲス男に対して指摘した。
「ノルドシュ様におかれましては、当家ではあなた様をご招待申し上げた事実はございません」
そして右手を掲げると指を鳴らす。
――パチッ!――
それを合図として周囲に潜んでいた衛兵たちが一斉にノルドシュを取り囲んでその身柄を押さえた。
「不法侵入です。あなたを官憲に突き出させていただきます」
衛兵たちも専門的な技術をしっかりと身につけている。なおも逃げようと暴れるノルドシュを前後左右から確実にその体を押さえて両腕を後ろ側で取り押さえた。
お爺様のユーダイム候も言う。
「我が孫娘のエライアの映えある席を汚しおって! ただですむと思うな。連れて行け!」
「はっ!」
衛兵たちが四人がかりでノルドシュを連行していく。おそらくはこのまま軍警察の方へと突き出すことになるだろう。調べれば余罪が山ほど出てくるはずだ。
セルテスは落ち着き払った声で周囲の人々にこう宣言する。
「皆様におかれましては御不快な思いをさせてしまい大変申し訳なく思います。ここに深くお詫びいたします」
非難の声は出てこない。むしろ賞賛するような空気がある。
一人の候族の老婦人が言う。
「いいえ、不快だなんてことはありませんわ。むしろ、エライアお嬢様の胸のすくような立ち振る舞いとお言葉、当家ご令孫として見事というほかありませんわ」
正装姿の別の男性が言う。
「さようで。モーデンハイム家宗家のお方として、実に見事な実力を身につけられたとお察しいたします。いばらの人生の糧とする、これぞまさにモーデンハイムの血を引くと言わざるを得ませんでしょうな」
「まさに!」
「おっしゃる通りです!」
人々から賞賛の声が上がる。セルテスが礼を口にする。
「恐縮でございます」
そして私はその場をまとめるようにこう告げる。
「さ、皆さま。気分直しに宴席をお楽しみください」
するとユーダイムお爺様の優しい声が私へとかけられた。
「エライア、一度下がりなさい。別席にて体を休めるがよかろう」
「ええ、そうさせていただきます」
さらにセルテスが言う。
「では、そのように」
その言葉と同時に私の傍にメイラさんが佇み、私の補助をする少女侍女たちが私の背後につく。
セルテスの大きな声が響く。
「当家、モーデンハイム宗家当主ご令孫、エライア・フォン・モーデンハイム嬢、一時、ご退席となられます! 格段の配慮と礼儀を持ってお見送りください!」
その言葉を受けて軽く一礼すると私は皆の拍手を受けながら退出していく。嫌な事は忘れよう。私は別室にて私のことを待つ親友達の所へと向かったのだった。
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