歓迎会Ⅴ エライア、敢然と吠える

 プロアとの語らいを終えてダンスホールの歓迎会会場の中へと戻ってくる。


「お待たせ」

「お疲れ様です」


 そう言ってくれるのは小間使い役のメイラさんだ。

 彼女に私はこれからの予定を尋ねようとする。

 おそらくもう一度、来賓全てに対して挨拶をして、一旦控え室に下がるというのが妥当だろう。そしてそこでレミチカたち親友らと語らい合いになるはずだ。

 そんな時だ。私はとてつもなく不愉快な出来事に巻き込まれることとなったのだ。


 私がダンスホールの外から戻るとメイラさんがすぐに付き添ってくれる。大多数は私が何をしたのかについては〝触らぬ精霊に祟りなし〟で見て見ぬ振りを決め込んでくれる。とうぜん、壁際でひっそりと佇んでいた一人の男性候族の姿が見えなくなったことも。


 その時、そっとセルテスが近寄ってくる。そして、私に背後から耳打ちする。


「バーゼラル家のデルプロア様、本邸の来客控室にてご休憩でございます」

「承知したわ。私が行くまで、応接侍女パーラーメイドをつけてもてなしてあげて。私の親友たちは?」

「別室にて別宴を設けておくつろぎいただいております」

重畳ちょうじょうね。こちらの決まりが着いたらまずはレミチカたちのところへ向かうわ」

「御意」


 私と言葉をかわしてセルテスが離れていく。様々な場所で来賓客たちが語らい合っている中を私はノリアさんと歩いている。ダンスホールのやや入り口近くの片隅のあたりを歩いているその時だった。

 

――コッ、コッ、コッ――


 足音を潜ませながら歩いてくる気配がする。嫌な気配、礼儀礼節を知っているように装っているが、その実、強欲さがにじみ出ている、そんな気配。職業傭兵をしているときに色々な場面で出くわした気配だった。私の背中に悪寒が走った。


「少々、失礼いたします」


 その者は私が名乗る前に自分から名乗り出てきた。そしてそれが重大なマナー違反だと言うことは誰の目にも明らかだった。私はそれを無視しようとしたが、その男は脇から私の前へと回り込もうとしてくる。やむなく足を止めるがそれは視界の片隅にも置きたくないような下衆げすそのものだった。

 濃い紫色のルタンゴトコートをまとった痩せ男。候族階級らしいが、気配からして到底そうは見えない。詐欺師崩れの成金、はたから見てせいぜいその程度だろう。


 私とてただの上級候族のご令嬢ではない。それなりに社会の裏も、闇の市場も垣間見てきている。この手合いの人間がどういう生き物なのか? 知らないはずがない。

 私は直感していた。


――こいつは〝異物〟だ――


 表面上は平静さを装いながらも、頭と心では最大限の警戒を怠らなかった。そんな私の本心を知ってか知らずか、その男は無礼にも自ら口を開いた。


「無礼を承知で名乗らせていただきます。手前、旧バーゼラル家、第一位階分家嫡男次男坊ノルドシュ・ライフェと申します。この度はエライア様におかれましては無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます」


 言葉そのものは丁寧だが、その言い回しの端々が慇懃無礼で嫌味ったらしい。その品性と性根の下品っぷりが滲み出ていた。

 周囲の人々も関わるのは御免だとばかりに遠巻きに様子を見ている。もっとも、この手の下品男というのはいかにすれば周りが不用意に関わって来ないかをよく熟知している。

 自分自身が周りに面倒で厄介そうだと感じさせることに長けているのだ。

 彼はさらに言う。


「このノルドシュ、エライア様に少々お願いしたき議がございまして。お聞きいただけますでしょうか?」


 私は平静を装った。この男の話は耳にするには値しない。無視して先を行こうとするが私の進路を巧妙に邪魔をする。さらに耳元に近寄るとこう囁いたのだ。


「よろしいのですか? あなたがこの2年間、何をしてきたのかこの場で喋られても? ヒヒッ!」


 典型的な筋金入りの恐喝屋だった。相手を陥れるためならなんだってする。そういう手合いの男だ。

 こういうタイプの男は候族社会では決して珍しくない。なまじ金と権力に縁のある候族社会だからこそ、こうゆう下賎な男たちが幅を利かすということもあるのだ。

 私が足を止め無言のまま睨みつけたのを見て、その男は私にこう言った。


「ある人物につなぎを取っていただきたいのです」


 つなぎ――、つまりは仲介を行なって欲しいということなのだろう。私は静かに問いかける。


「どなたです?」


 私が話に応じてくれたと思ったのだろう、唇の端にいやらしい笑みを浮かべるとこう答えた。


「デルプロア」


 プロアの名前が飛び出した時、私はこの男が何を狙っているのか即座に理解した。


「つなぎを取ってどうするのですか?」

「私との交渉に応じてくださるようにお口添えいただければよろしいのです。なにしろ彼とは、旧バーゼラル家の親族連中は一切お会いしていただけないものでして」


 何をその口が言うか! 会わなくて当然だろう。

 彼はこれ以上ない位の不愉快な笑みを浮かべてこう切り出したのだ。


「そうすればあなた様にもまとわりつきはしません。ええ、これっきりです」


 私の脳裏で危機感が働いた。応じてはいけない、一度応じれば二度三度と無理をねじ込みに来る。極めてたちの悪い男だ。

 そしてこの男が何を狙っているのか私には見当がついていた。


「バーゼラル家の二つの家宝、それがあなたの狙いですね?」


 私の言葉に少し驚いたようだったが、それと同時にしたり顔でもあった。


「ご存知ならば話が早い。結論から言いましょう。あの男に二つの家宝をとっとと引き渡すように説得してくれればいいんですよ」


 男は私に牽制の言葉を投げかけるのも忘れてなかった。


「北部都市イベルタルでシュウ女史があなたのことをよくご存知でらっしゃいました」


 そう語る彼の口がニヤリと笑っていた。そうだ、この男は私が北部都市で娼館で働いていたことを突き止めているのだ。シュウ女史とは、私を拾い上げ助けてくれた娼館の女将さんシュウ・ヴェリタスの名前だ。

 だがお笑い草だ。その程度で私が怯むとでも思っているのだろうか? 私はあえて周りの人々に聞こえるように大声で叫んだ。


「あなた、2年前に私がモーデンハイムから出奔したあと北部都市の娼館で下働きをしていたことを調べ上げたようですけど、それが何だというのですか?」


 周囲にざわめきが起きる。〝私がこの2年間何をしていたのか?〟と言う事について驚きと動揺が広がろうとしていた。

 だが私は臆することなくさらに告げた。一切、怯むことなく。


「2年前に私は、私の父である前当主デライガとの軋轢に耐えかねて、夜の闇に紛れてこの家を飛び出し、放浪の末食い詰めた挙句、ある娼館の女性支配人に拾われて半年間その方の所でご厄介になっていました。それは明確な事実です。ですがそれがいったい何だというのですか? 行き場を失い、飢え死にしそうになり、そこを救われて、仕事を与えられて、それまでの人生で知らなかったことをあの方に沢山教えていただいた! 自分自身がどう生きれば良いか! 人はどうやって誇りを手にすればいいか! 候族社会の中では見つけられなかったものをあの人のもとで沢山学ばせていただいた! それが何だというのですか?!」


 彼が恫喝のネタとして使おうとしていた事実を、私は自分自ら強い口調でばらしてしまった。私にとって一番の大恩人であるシュウ女史の名前を恫喝のネタに出された事が何よりも許さなかったのだ。

 私の思いもよらない行動にその男はあっけにとられている。

 私をなめてもらっては困る。

 ここにいるのは、単なるお人好しの深窓のご令嬢じゃない。フェンデリオルの国土を走り回り、血と土煙にまみれながら戦場で戦い抜いた女傭兵だ。

 その程度の恐喝で私をどうにかできると思ったら大間違いだ。

 私は傍らにいたメイラさんにこう尋ねた。


「メイラ、私がここに来る前にミッターホルムの温泉保養施設でアルス医師に精密な身体検査をしていただいたはずですが、その結果についてはあなたもご存知のはずですね?」


 私の問いかけにメイラさんは驚きつつも、私の意図を察してくれた。私の覚悟の発言を後押ししてくれたのだ。彼女の毅然とした声が響く。


「はい。当時、マシュー家の侍女長であったわたくしアルメイラ・リンケンズの立ち会いのもとでエライアお嬢様のお体の健康と純潔に関してモーデンハイム家専属のアルス医師の診察のもとで精密な検査が行われました。その結果は全く問題なし。モーデンハイム家宗家の当主ご令嬢として相応しいお方であると、すでに証明されております。これまでの過去において不見識な過ちがあるとは一切認められませんでした」


 一気呵成に語り切るその言葉に私は満足げに頷いた。


「よろしくてよ、そのまま控えていて」

「かしこまりました」


 そして私はそのゲス男に正面から向かい合った。


「何やらあなた、激しい勘違いをなさってらっしゃるようなので改めて申し上げておきますわね」


 私はその男を鋭く激しく睨みつけるとドスの効いた声でこう言い放った。


「フェンデリオルの男なら! 欲しいものは自ら戦って勝ち取りなさい!」

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