歓迎会Ⅱ 親友と花束と挨拶
「みんな……」
驚きと喜びが同時にこみ上げてくる。5人並んだその姿は私にはまばゆいばかりに写っている。
一人一人がその手に花束を持っている。無事にモーデンハイムへと戻ってきた私へと花束を贈呈する役目を引き受けたのだろう。
泣いてはダメだと判っている。でも――
あ、だめ。やっぱりこらえきれない。
「何泣いてるの? もう」
慌てて駆け寄ってくるのはチヲ、南洋の国・パルフィア出身で明るく陽気な人柄と艶やかな黒髪が特徴だ。
パルフィアの民族正装を身に着けており、極彩色な艶やかな色合いが特徴の前合わせの衣に更にその上に巻きスカートを合わせるスタイルで『ヴェスティス』と言う物だとか。
豊かな量の髪を後頭部でシニヨンに結い上げている。天然の花をコサージュのように使うのはパルフィアの女性のおしゃれの定番だ。
チヲは左手に下げていた小さめのバッグからハンカチーフを取り出すと私に歩み寄ってきた。
「ほら、お化粧流れちゃう」
そう言いながら人目をはばからずに私の涙を拭き取ってくれた。
陽気で明るく活発的で屈託しているところを見たことがなかった。
「ありがとう」
「ほら! せっかくの晴れの舞台なんだから」
そう言いながら自分が持っていた最初の花束を私へと渡してくれる。そしてもう一度だけ彼女は言う。
「おかえり!」
「ただいま!」
次に私に歩み寄ってきたのは北の国ヘルンハイトからやって来た学者で古代文明文字の探求者であるトモ、今回の一件で一番迷惑をかけてしまった人だ。
純白のレギンスズボンに前身頃にレースのフリルがふんだんに付けられたハビットシャツ、さらにその上にレンガ色のメスジャケットを重ねていた。ズボンルックを好むのはフィールドワークに活発的な彼女らしい装いだ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
落ち着き払った穏やかな語り口は彼女らしい知性を感じさせるものだった。そんな彼女に私はお詫びを口にしていた。
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
私の父だったあの人が広めた留学という嘘。それによって多大な迷惑を被ったに違いないのだ。でも彼女はいささかも負い目には感じていなかった。
「気にしないで。あなたが嘘をついたわけではないのだから。そうでしょ?」
いかにも彼女らしい冷静な答えだった。
「そうね。そうよね」
笑いながら答える私に彼女は満足げに頷いていた。
そしてさらに、その次に現れたのは幼年時代から幼馴染にして私と同じく候族令嬢のコトリエだった。
着ているのはシュミーズドレスの中でもラウンドガウンと呼ばれるもので、胸元周りの丸みを帯びた膨らみと、そこからなだらかに広がるロングスカートのシルエットがシームレスにひとつ繋がりになっている柔らかなルックスのワンピースだ。色は淡い桜色で、その上に肩から柔らかなガーゼ地のケープを重ねている。
私の所に歩み寄ってくると花束をそっと差し出してくる。私の手に花束を乗せながらこう言ってくれた。
「おかえりなさい。本当に無事で良かったわ」
その言葉で彼女が私のことをどれだけ心配していたが痛いほどに伝わってくる。
「心配かけてごめんなさい」
「それは――、ちょっとね」
少し困った風に笑みを浮かべるとコトリエは言う。
「2年前のあの日、それほどまでに苦しんでいるのだったら教えて欲しかった」
その言葉は私たちが親友であるがゆえだった。でも非難はない。
「でもあなたは2年前のあの日。必死の思いで決断したんですものね。今は無事に帰ってきてくれたそれだけで十分ですわ」
そう言ってコトリエは微笑んだのだった。
コトリエが後ろに下がり4人目が現れる。傍らに従者を従えながら。
行動派で決断が早く、いつも何かに熱心に取り組んでいる努力家。そして私の親友にして私のライバルを自認している人。
レミチカだ。
着てるのは目にも鮮やかなパールレモン色のエンパイアドレス。上半身には濃紺のメスジャケットを重ねシルエットを引き締めている。手にはレースのシースルーの手袋をはめ、頭にもヘッドドレスを忘れていない。豪華にして壮麗な装いだったが、この宴席の主役が私であることを理解しているのか彼女なりに抑えた装いだった。
その隣にいるのは彼女の専属小間使い役のロロだった。私のメイラと同じように略式正装を身につけて佇んでいる。
澄ました面持ちで微かに笑みを浮かべながらレミチカは私にそっと花束を差し出してくる。私はそれを受け取ると凛とした声でこう告げた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
そんなふうに言葉をやり取りするとレミチカは少し皮肉まじりにこう言ってくる。
「まったく。2年もの間どこほっつき歩いていたのかしら?」
大丈夫、彼女なりのジョークだ。悪意がないのは今までの付き合いからよーくわかっている。
「そうね、あなたの知らない所と言ったら失礼かしら」
「そう? それなら後でじっくり聞かせていただこうかしら。あなたがいない間、大変な思いをさせられたし」
「ええ。気の済むまで聞かせて差し上げるわ」
「では後ほど」
そう言いながらレミチカは花束を手渡すと、両手でスカートの中程を摘むと両膝を少しかがめて、体の高さを少し下げるとカーテシーと言う挨拶をした。
それに続いて言葉少なに花束渡してくるのはレミチカの信頼の置ける従者のロロだった。元々口数は多い方ではなくどちらかといえば表情の変化も乏しい。でも口は固く何時でも取り乱すことなく冷静で、彼女ほど信用という言葉が似合う使用人も珍しかった。
「どうぞ。エライア様」
「ありがとう。ロロ」
そんなやり取りの後に、控えめに冷静な表情をしていた彼女がほんの僅かに口元に笑みを浮かべた。そこに彼女も私が帰還したことに喜びを抱いているのがはっきりと伝わってくる。
その彼女がめずらしく本音を語った。
「この2年間ご無事であれと、ずっと願っておりました。足取りを調べる手段がなかったことが何より歯痒かったです」
「ごめんなさいね」
「いいえ。こうしてお会いできただけでも十分です」
「ありがとう」
そう告げると彼女は頭をふかぶかと下げてきた。使用人と言う立場をわきまえた挨拶の仕方だった。
「それでは後ほど」
そう言いながらロロも下がっていく。彼女たちは、私へと花束を渡す役目を無事になし終えたのだった。
後であらためて彼女たちと対話するとして、私は受け取った花束を両手で抱えながら主賓席へと再び歩いて行く。
人々の視線を受けながら歩いて行けばダンスホールの一番突き当たりの重要な場所で背もたれ付きの椅子が設けられ、その両側にお爺様のユーダイム候と、ミライルお母様が私を待ってくれていた。
二人の前で一旦足を止め深々とお辞儀をする。そして席の少し手前で立ち止まり、少女侍女の二人の補助を受けながらその身を翻す。会場の方向いて毅然として私はこう述べ始めた。
帰還の挨拶の口上だった。
「ご来場の紳士淑女の皆々様方。このエライア、誠に厚く御礼申し上げます」
そして私は上体を前に倒してお辞儀をする。再び体を起こすと言葉を続けた。
「思えば2年前、闇夜に紛れて誰にも告げずに私はこのオルレアの街から姿を消しました。その理由は今ここでは述べるべくもありませんが、当時の私の気持ちは、もしかするとここへは二度と戻ってこれないかもしれない。そう思っておりました」
あの時はそこまで思い詰めていたのだから。
「ですが、数多くの方々のご厚情と手助けを得ながら、こうして敬愛するお爺様お母様の所へと帰ってこれたのは万に一つの幸運と言うより他にありません。ささやかではありますが今回のこの歓迎会の宴席にてそのお礼をさせていただきたいと思います」
私は笑顔でこう叫んだ。
「今宵は心ゆくまでお楽しみください!」
そう言葉を言い終えると割れんばかりの拍手が起こる。私の帰還を祝福して。今こそ歓迎会は始まったのだった。
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