歓迎会Ⅰ ―おかえりなさい―

 セルテスは近侍に合図する。扉が開けられダンスホール内へと先んじて入ったのはセルテスだ。そして彼は力強い声で叫んだ。


「ご来場の紳士淑女皆様方に申し上げる!」


 ざわめきに満ちていたダンスホール内は一気に静寂に包まれた。ざっと200人近くはいるだろうと言う会場内の視線が入場扉へと一気に集まる。


「当家、モーデンハイム宗家当主ご令孫、エライア・フォン・モーデンハイム嬢、ご到着なさいました! 格段の配慮と礼儀を持ってお迎えください!」


 その言葉とともに割れんばかりの拍手が起こる。

 会場内に軽く視線を走らせて様子を伺えばすでに歓迎会の主催である当主ユーダイムお爺様と、ミライルお母様は、歓迎会会場の突き当たりの主賓席近くで待機してくれていた。私はそこをめがけて会場内を横切って歩くことになる。


――歩き出す――


 そんな当たり前の行為が過度の緊張からなかなか動き出せない。そんな時に傍らからそっと声をかけてくるのはメイラさんだ。


「お嬢様、まずは右足から」

「ええ」


 そう言葉をささやかれて私の右足は素直に動いた。動き始めれば後は簡単だ。全身が素直に歩き始める。

 会場内を静かにたおやかに優雅に私は歩いて行く。

 

 その両手に軽く斜めに携えているのは、モーデンハイム家伝来の家宝である〝地母神ガイア御柱みはしら〟オリジナルのスタイルを取り戻しそれは200年以上にわたる歴史に裏打ちされた輝きを放っている。

 私が身にまとっているロングトレーン付きのエンパイアドレス。白地に虹がかかった金色の光沢のある色合いはダンスホール天井に設けられたシャンデリアの光をふんだんに浴びながらその輝きを全身から放っていた。


「おおぉ……」


 一斉に皆から切ないほどにため息が漏れてくる。驚きというよりは言葉を失っていると言うのが近いだろう。


「なんと神々しい」

「美しい」

「これほどまでとは」

 

 驚きと称賛の声が次々に浴びせられる。だがそれは私の心には響いてこない。どこか浮世離れした別の誰かへとかけられている声のような気がする。

 美しいって誰が? それって私のこと? 美しいことに何の意味があるの? 美しいのは私ではなくこの着ているドレスではないの?

 神々しい? だからそれに何の意味があるの? これほどに着飾って、これほどに飾り立てられて、入念に様式美を積み重ねていけば誰だってこれくらいは仕立て上げることはできるはずよ?

 たぶん、現実離れしすぎて実感が全く感じられていないのは私自身なのかもしれない。

 私が私でない。そんな感覚が足元からじわじわと全身へと広がり始めていた。 

 私は一歩一歩確かな足取りで歩いて行く。

 私は何故ここにいるのだろう?

 傭兵となり戦場を駆け巡っていたのではなかったの?

 自らの足で世の中へと足を踏み出し自分自身で人生という苦難に満ちた道を歩いてたのではなかったの? 

 私はなぜここにいるの?

 

 頭の中でぐるぐると自分自身への自問自答が巡りに巡っていた。

 どうして?

 どうして?

 なぜ? なぜ?

 私は何者だ? 私は誰なんだろう?

 私はエライアで、私はルストで、

 ご令嬢の私と、傭兵の私、アンビバレントに私という存在が二つに分かれてしまっている。

 この大舞台で眩い光を浴びながら歩いている最中にそう気づいてしまった。自分自身が何者であるか? そう迷い始めていた。

 いけない、このままではいけない。

 気づけ! 気づけ!


――私は私だ!――


 そう、思い抱いた時だった。


「エライア!!」


 誰かの声がする。それはそうとても見知った声。その声に私ははっとする。


「エライアさん!」


 また声がする。


「エライアさん」

「エライアさん」

「エライア様!」


 それは2年前に手放しで始まったはずの絆だった。

 闇夜を走る馬車の車窓から別れを告げたはずのものだった。

 その絆の名前を人々はこう言う。


――友情――と、

 

「えっ?」


 皆の拍手が一斉に止む中で、会場の中央で私を並んで待っていたのは――


「みんな?」


 呆然とする私を待っていたのは――

 私の親友たちだった。


 コトリエ

 レミチカ

 チヲ

 トモ

 ロロ


 思い出せる。今でも克明に思い出せる。2年間の旅の空の下で何度会いたいと思ったか。忘れるものか、忘れるものか!

 忘れてはいない。ああそうだ。私はずっと彼らに会いたかったんだ。 

 私の親友たちに。

 

「おかえりなさい!」


 とても懐かしい声がする。

 とても嬉しい声がする。

 2年前に手放して始まったはずのその絆は今そこに確かに戻ってきていたのだ。

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