緊張と恐れる心 ―歓迎会会場への道のり―

 私の帰還を祝う歓迎会は、モーデンハイム家本家邸宅付属の大規模ダンスホールにて行われることとなった。

 開催スタイルは立食パーティー形式で、夕暮れの5時以降から来訪客を受け入れ始めた。


 日も沈み所定の時刻となる。

 モーデンハイム本家には、大小様々な馬車が続々と集まろうとしている。それを男性使用人たちや衛兵が来訪者の誘導をしていた。

 馬車の列はダンスホールにつながっている第二別館の正門入口前で停車して来訪客を降ろした。来訪客はその身分や家格に応じて、侍女や男性近侍などに案内されてメイン会場のダンスホールへと案内されて行く。

 特別、身分の高い来賓には第二別館にて待機室が用意されることとなる。歓迎会の始まりは夕方夜6時からとなっていた。

 

 会場の喧騒が本館の中の私の控室にまで届いている。

 果たしてどれほどの人たちが集まるというのだろうか?


「メイラ」

「なんでしょう? お嬢様?」


 私は控室でソファに腰掛けてその時を待っていた。お母様の心のこもったこのドレスを着て歓迎会の席へと出向くその時を。私はメイラに話しかける。


「今何時かしら?」

「はい、午後5時を回り、5時半を過ぎました。もうすぐ会場へと向かう時間かと思われます」


 そう穏やかな声で答えてくれるメイラも正装ドレスへと着替えていた。

 ボタンブラウスにフレンチジャケット、腰から下はパニエを控えめに重ねたスカートと言うツーピースドレス。ワルアイユでも見られたコルセットを用いる旧式スタイルのドレスから派生して生まれたもので華やかさを抑えた使用人クラスのための正装用として普及しているものだった。

 色はシンプルなアイボリーで、襟元にはミライルお母様から貸し出された大粒のルビーがはめられたカメオのブローチが飾られていた。

 小間使い役の侍女は常に主人たるご令嬢に恥をかかせないように適度に着飾ることが求められる。しかしそれでいてご令嬢を超えてはならないと言うのだから大変ではある。そのため、華やかな晩餐会や催しの場では、小間使い役の衣装はご令嬢のドレスの仕立てとワンセットで用意されるのが常だ。

 今回の場合、私と同じエンパイアドレス系でまとめる方法もあるが、お母様の意図で、あえて系統の異なるツーピースドレススタイルを選んだのだ。

 メイラが言う。


「もう少しで案内役が参ると思います」

「承知したわ」


 そうは言ってもやはり緊張してくる。思わず声が引きつりそうになる。

 それを察してメイラは部屋の片隅に置かれた水入れからよく冷えた冷水をコップに入れて持ってきてくれた。中には良い香りのするライムのスライス片が入れてあった。


「どうぞ」

「ありがとう」


 よく冷えた冷水を喉に流し込む。その冷たさの心地よさに、体のほてりと不安感を和らげてくれた。

 私はメイラに言う。


「メイラ」

「はい、お嬢様?」


 私は彼女に言った。


「今夜はあらためてよろしくね」

 

 私からのあらたまった言葉を耳にして大抵の侍女は冷静に務めるか恐縮するかだ。だが、メイラは恐縮することもなく、にこやかにはにかんで答えてくれた。


「二年ぶりの大舞台の席ということで何事もなく終わるとは思えません。ですが、何があってもこのアルメイラ、お嬢様をお支えいたしますのでどうかご安心ください」


 これだ。この言葉が聞きたかったのだ。

 私はプロ意識のある使用人が好きだ。自分の役目と世界に誇りを持ち責任を持って振る舞う。その凛々しさに溢れる姿が何よりも好きだ。それは私が職業傭兵の人たちの世界を愛してやまないのにもよく似ていた。ともあれ私はメイラに深い信頼を寄せるようになっていた。


「えぇ、期待しているわね」

「はい!」


 私たちがそんなやり取りをしていると部屋がノックされる。


「どうぞ」


 メイラが声を返せば、静かに部屋のドアが開く。


「失礼いたします」


 現れたのは3人、1人の男性侍従と2人の侍女、特に侍女は年若く少女と言って良い年ごろだ。男性はルタンゴトコートを、女の子たちはアルメイラのようなツーピースドレスのおとなしめのものを身に着けている。

 男性侍従が言う。


「エライアお嬢様、会場に移動のお時間となられました」

「承知しました。メイラ、行くわよ」

「かしこまりました」


 私がメイラの手を借りて立ち上がれば、2人の少女侍女は速やかに私のもとへと駆けつける。立ち上がりソファーから離れると、ドレスの背面に付けられた引き布であるロングトレーンを引きずることになる。それを乱れを整えて見栄えを良くするのが少女侍女たちの重要な役目だ。


 私の左側にメイラが立ち、少女侍女たちが真後ろにつく。私の前に男性侍従がたって高らかに告げる。


「それでは」


 5人で列を作り上げて整然として歩いていく。これもまた儀礼的な様式美として今日でもよく目にする光景と言えた。


 本館邸宅内を歩く。正面玄関へと回り用意されていた一台の馬車に乗る。男性案内人は馭者席に、私を含む残りの四人は車内へと入る。当然ながら手間のかかるロングトレーンの取り扱いは二人の少女侍女が受け持つことになる。

 馬車に乗って敷地内を走りダンスホールへと向かう。そしてダンスホールの正面入り口に場所が横付けされタラップが展開され扉が開けられる。

 ダンスホール入り口には10名ほどの侍女たちが左右2列に分かれて誘導路を作り出している。皆が見守る中を少女侍女たちの補助を受けて一歩一歩降りていく。

 一番下まで降りきると後から降りてきたメイラさんが私の傍に並んで立つ。どちらか言うとでもなく無言のまま私たちは歩き出した。


 ダンスホール正面入口通路を歩きほどなくしてメイン会場ホール入り口扉前に私はたどり着く。男性近侍役が2名控えていて扉を開ける準備をする。

 こうして入場の準備は整う。


「ご準備はよろしいですか?」


 そう語りかけてきたのは筆頭執事のセルテスだった。彼も壮麗なルタンゴトコート姿になっている。

 私は答える。


「よろしくてよ」


 そう力強く答える私にセルテスは微笑みを浮かべると満足げに頷いた。彼が私を見つめる目は心の底からの喜びに満ちていた。思えば2年前追い詰められた私をあらゆる苦難を覚悟の上で送り出してくれたのは彼だった。

 その彼からすれば私が戻ってきてこれほどの華やかな舞台を私のために用意できるとは夢にも思っていなかっただろう。執事と言う役割上、深夜の出奔を手伝うよりも、栄えある華やかな舞台を取り仕切り、ご令嬢である私を支える方がやりがいがあるに決まっているのだから。


「それでは」

「お願いね」


 いよいよ私の歓迎会会場への入場が始まった。

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