宴の終わりと、プロアの置き手紙と、巡りくる人々

 そうして場が一通り巡った後でワイアルド支部長とも挨拶を交わした。


「大任、ご苦労さん」

「はい、ありがとうございます」

「まずはゆっくり体を休めろ」

「はい、そうさせていただきます」


 そんなふうに私たちが言葉を交わしているその時だった。思わぬ方向から大声が上がった。


「はあああ?」

「なんだそれ!」


 支部長がたしなめる。


「お前ら騒々しいぞ」


 だがその声に帰ってきたのは質問だった。


「どういうことですか? 支部長ぉ!」

「なんでルストちゃんが半年も活動禁止なんですか」


 思わず飛び出してきた極秘情報。ワイアルド支部長が右手で自分の顔を思わず覆った。


「誰だいったい、その話を漏らしたの!」


 支部長のそんな困惑をよそに抗議の声は強くなっていく。


「いやいやいや、そんなことどうでもいいですよ」


 ちょっと待って君たち。それどうでもいいことじゃないから。


「この戦いの最大の功労者がなんで半年もお休みなんですか?」

「納得の行く理由を聞かせてくださいよ」 


 巻き起こる声にさしもの支部長も理由を説明するよりほかはなかった。


「仕方ない。よそに口外するなよ」


 支部長は念を押してから説明を始めた。


「ルストは今回の戦いで軍の中央本部から前線指揮権の委任状を強引に取り付けてきた。それは今回の極めて難しい事態の解決の鍵となったのはお前らも知っていると思う」


 固唾を呑んで見守っていたみんなだったがここは素直に頷いている。


「確かに事態解決のカギとして絶対に必要だったのはよくわかる。だがその際の手続きがまずかったんだ」


 ギャラリーの中の一人が呟く。


「どういうことっすか?」

「なんかよっぽどヤバかった事でも?」


 支部長は言う。


「その通りだ。ルストは前線指揮権の承認証を取得するにあたって、自分のコネを使い自ら軍本部と直接交渉してしまったんだ。本来ならば最低でも傭兵ギルド上層部に一言断りを入れるべきだったんだ」


 その場にいた職業傭兵の一人が言う。


「そういうことか。事後承諾になっちまった上に、後になって分かった事件の規模があまりデカかった」

「それに傭兵ギルドの上の方は虚偽情報による依頼案件を見抜けず現場に傭兵を送り出してしまってたから、なおさら現場情報が重要だったってわけか」

「それは情報提供どころかガン無視されたら――」

「あー、そりゃあ傭兵ギルドの上の方もおかんむりにならざるを得ないわな」


 支部長は椅子に腰掛けたまま彼らの言葉に耳を傾けている。一定の答えが出たところで彼は言った。


「だが焦る必要ないんだ」


 支部長は柔和に言った。その頬が弛んでいる。


「どういうことすか」

「意味わかんねんだけど」

「わからんか」


 支部長は軽くため息をつく。


「本来ならば降格や資格停止があってもおかしくないな。まずそれが一つ、もう一つは報奨金の取り上げがない」

「取り上げって……あっ!」

「そういうことか!」


 その場に居合わせたリアヤネさんが疑問の声を上げる。


「あのよくわかんないんですけど?」


 傍らにいたエルネドさんが言う。


「傭兵や軍では大きいペナルティがあった場合、仮に付随する任務で報奨金や特別支給金が発生しても、ペナルティの一環として報奨金などの支払いが取り消しになる場合があるんです」


 ダルムさんが言う。


「嬢ちゃん、随分詳しいな」

「はい。これでも一応正規軍中央本部の事務畑でやってますんで」


 そして支部長が話をまとめるように言う。


「そういうことだ。時間はある、金もある。それに加えて17歳の少女が国家的英雄になっちまった。敵国の大規模な局所的進行を絶望的な状況を鮮やかにひっくり返して撃退したってのは間違いなく事実なんだからな」


 そして彼は周囲を見回しながら言う。


「そういう状況で、果たして世の中はルストをどう思うだろうな? 注目しないでほっとくと思うか?」


 ゴアズさんが軽くため息をつきながら言う。


「当然、無理を言いに来たり、追いかけ回すような連中がいたとしても不思議ではありませんね」


 カークさんも言う。


「英雄に祭り上げられた挙句、世の中ってやつに揉みくちゃにされるのは目に見えてる」


 そしてマイストさんが言った。


「だからしばらくゆっくり休みながら姿を隠せってわけか」


 支部長が言った。


「そういうことだ。それにだ、このじゃじゃ馬娘だ、こうでもしなけりゃ明日にでも次の仕事を見つけてすっ飛んでいくだろ?」

「じゃじゃ馬って……」


 私が言葉をつまらせれば、パックさんが笑いながら言った。


「あり得ますね。彼女はじっとしている性分ではありませんから」


 図星だった。実際明日にでも次の仕事探しに行こうと思っていたのだ。自分の顔がひきつりそうになる。


「そういうこった。他の任務に手をつけて怪我でもされたら目も当てられん。これはある意味逆に傭兵ギルド上層部からの贈り物だと思って欲しい」

「そういうことか」

「それなら納得行くか」

「落とし所ってやつだな」

「あぁ」


 その言葉にみんなが頷いていた。私は言う。


「ありがとうございます」


 さて宴の仕切り直しだ。一旦止まってしまった空気をもう一度動かさないと。


「ホタル!」


 私は彼女に声をかける。彼女の顔かいたずらっぽく笑った。


「あいよ! 任せて」


 彼女は楽器をニ弦手琴からリュートへと持ち替える。そして軽やかに弾むようなメロディーで舞踊曲を奏で始めた。

 手拍子が始まる。

 何人かが空気を読んで、テーブルを移動させて踊りの場を作る。

 私は自ら進み出ると肩にかけていたショールを外して片手に絡めてくるくると回るように踊り始めたのだ。


「はいっ!」


 手拍子が増える。掛け声が上がる。

 私に続くかのように、踊り手は次々に増える。

 リアヤネさん、ギルドの事務員の人たち、女性傭兵、天使の小羽根亭の店員さんたち、さらにはリアヤネさんの娘のセレヤネちゃんの姿もある。もちろん、ドルスの妹のエルネドさんも。

 踊り手の数はさらに増えて、店の外へと飛び出していく。


 楽器の弾き手も増える。

 楽器の弾ける職業傭兵や、通りがかりの流しの楽器弾き、空気を読んで集まってくる。


 回る回る、踊り回る、因果は巡り、幸せと不幸せが互いに織りなすように毎日は一歩一歩進んで行く。

 そして今、一つの大きな仕事が終わった。

 

 同じもスカートの裾を翻しショールをなびかせながら舞い踊る。


「ハイーッ!」


 拍手と掛け声がめぐる中を踊りの輪と酒宴は遅くまで続いたのだった。



 †     †     †



 散々に踊り疲れて、酔いも回って、いつのまにかに宴は終わっていた。

 集まった人々は飲み代を払うと三々五々に家路につく。その中でドルスは、妹のエレネドさんを連れて自分の家へと向かった。とりあえず一晩、泊めるのだという。


 そして私はいつのまにか椅子に腰掛けたまま眠ってしまっていたのだ。


 深い眠りに落ちていた私が、再び目を覚ましたのは自分の家のベッドの上だった。

 コルセットドレスが丁寧に脱がされて、そのままベッドに横たわっていた。ふと目を覚まして視線を走らせればテーブルの上に一枚の紙切れがある。


「え?」


 ベットから降りて紙切れを拾い上げて眺めればそこに書かれていたのは、


【お疲れ様、ドレスはクローゼットに仕舞っておいた。不用心だからドアの鍵は外から閉めていく。明日の朝、届けに来る】


 筆跡から言ってこれは多分――


「プロア」


 こまめな彼らしい置手紙だった。

 思わず頬が弛まずにはいられなかった。

 私はブラウスシャツを脱いで、下着姿でそのままベッドの中に潜り込んだ。寝具の温かさが心地よい。

 そして、宴の喧騒と人々の声を思い出しながら眠りに落ちていったのだった。



 †     †     †



 それから私にはいろいろな出来事が続いた。


 まずはワルアイユからの手紙、アルセラを始めとして丁寧な信書が送られてきたのだ。

 復興を遂げつつあるワルアイユの現状、

 中央首都の上級学校編入を目指して試験勉強を続けるアルセラ、

 通信師の少女たちのリーダー格だったフェアウェルが試験勉強をしているアルセラに触発されて、1級通信師の資格取得を目指していること、

 隣接領地のモーハイズ家が地位返上して家督をすべてワルアイユに移譲したこと、

 物流が復活しただけでなく、地域の物の流れの新たな要としてワルアイユのメルト村が使われ始めていることなどが綴られていた。

 

「物流の拡大かぁ、すると村が発展して〝町〟になるわね」


 もともと商業地の片鱗はあったメルト村だ、機会が得られれば発展する余地はいくらでもある。


「頑張ってるわね。アルセラ」


 その手紙を読んでいると頬が思わず緩んでしまう。

 機会があれば行ってみたいとは思うが、何しろあの道のりだ。道路事情がもう少し改善してほしいものだが。

 それに交わした約束がある。


「待ってるからね、アルセラ」


 今回空いた半年間のお休みで思い切って行ってみるのもアリなのかもしれないが、交わした約束は約束だ。私はアルセラたちを励ますような手紙をしたためて送ったのだった。

 するとやはりと言うか、すぐに丁寧な返事が返ってきた。私はアルセラと手紙のやり取りを繰り返すこととなった。

 

 それから次にリゾノさんの弟であるラジア君がやってきたこともあった。正規軍の士官学校を目指しているため、その面接と身体検査のためだという。ブレンデッドでも面接会場が設けられ、来年春の試験の願書受付をするのだ。

 似たような目的を持つポール少年とは年齢が近いことや、ともに父親を亡くしているということもあり似たような境遇のためかすぐに仲良くなった。

 そして面接の日、その受け入れと付き添いは、もちろん弓術の師であるバロンさんが買って出てくれている。


「では行くぞ」

「はい!」


 2人はバロンさんに引率されて面接会場へと向かった。ここから来年の試験合格まで長い戦いが始まるのだ。


 その他にも西方国境戦闘で保護した、南方大陸の出身の象使いの少年たちが訪問してくれたこともあった。

 象という生き物の特性上、寒さには弱い。

 なので寒さが深刻になる前に南部都市モントワープにある正規軍南方司令部の施設に移送するのだと言う。そこで一旦冬を越して来年の春には南国パルフィアから船に乗せて帰国するのだとか。

 その移動作業の途上、ブレンデッドを通りがかったので顔を出しに来てくれたのだ。


「お姉さん!」

「ホアン君!」


 傭兵ギルドの詰所で彼とは再開したがすこぶる元気だった。彼の持ち象であるカンドゥラも至って元気であり、荷物運びや起重作業など、様々なことを手伝って運動不足を解消しているのだとか。

 帰国への道筋が決まったことで以前にも増して表情は晴れやかだった。


「故郷に帰ったら手紙書くね」

「ええ、待ってるわ」


 海を越えて船便での手紙だどれだけの時間がかかるか分からないが気長に待とうと思う。ホアンたちは一晩だけブレンデッドに泊まって翌朝再びモントワープへと向かった。


 そして、私の身の回りは落ち着きを取り戻した。

 仕事を禁じられてさしてする事もない。蓄えはたっぷりとあり金銭的な心配もない。


「母さんのところに行こうかな」


 私は決めた。ミルフル母さんの顔を見に行こうと。伝えることもあるのだから。

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